天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 ピッピを床に置くと、すぐに壱生の膝に飛び乗った。どうやら懐いていないわけではないようだ。

「悪い。じゃあ冷蔵庫から水とってくれるか?」

「はい」

 先ほどキッチン入ったので、冷蔵庫の場所はわかる。急いでさっき洗ったグラスを用意して冷蔵庫を開けた。

 ……見事に水とお酒だけ。これじゃ体壊すのも無理ないような気がする。

 ふとそんなことが頭をよぎったけれど、それこそ余計なお世話だと思い急いでミネラルウォーターを持っていく。

「ありがとう。いてっ。こら噛むな」

 壱生が顔をしかめながら手をぶんぶん振っている。どうやら噛まれたみたいだ。

「歯が生え変わる時期なんでかゆいんだと思います。さっきここに歯が落ちてましたから」

 掃除のときにみつけた歯を、ティッシュに包んでとっておいたのだ。

「あーそうなのか。矢吹お前、犬について詳しいな」

「えーと実家が動物病院で犬を保護していたりしたので、小さい頃はいつも何匹かと一緒に過ごしていたんです。今はひとり暮らしなんで無理ですけど」

「なるほど……それでこんなに懐いているのか?」

 純菜の足元で体を擦り付けるようにしているピッピの姿がある。

「この子が人懐っこいからですよ。ねーピッピ!」

 満面の笑みでピッピを抱き上げて同意を求める。うれしそうにパタパタと足をばたつかせるピッピを見てより笑みを深めた。

 そのとき黙ったままの壱生から凝視されているのに気が付いて、軽く驚く。

「あの、そんなにピッピが懐いているのに驚きましたか?」

 そんなにふたり(ひとりと一匹?)の相性が悪いとは思えないのだけれど……。

 さきほどピッピは自分から壱生の上に乗ったし、彼もそれを受け入れていた。

……すぐに指を噛まれてはいたけれど、それも子犬にとっては遊びの延長だ。

「いや、俺が驚いているのは矢吹、君の笑顔だよ。そんな風に笑えるんだな」

「え、私?」

 壱生はまじまじと純菜の顔を見つめたままだ 。
 人からこんなにまっすぐに見つめられることなそうそうないことで、しかも相手が誰もが振り返るようなかっこいい相手。そんな状況に純菜が耐えられるわけなかった。

 顔を真っ赤にした純菜は慌てて、ピッピのふわふわの毛の中に顔を押し付け壱生の視線から逃れた。

「隠さなくったっていいだろ」
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