天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「あぁ、あの。代表に押し付けられたってぼやいていた離婚の案件」

 壱生は普段、会社のM&Aや事業再生に関わる案件を主としている。民事は普段取り扱わないが、代表がどうしても壱生にといい本宮自動車の令嬢の離婚については壱生が担当した。

「やっと片付いたと思ったのにこれだ。ピッピが飼える引っ越し先が見つかるまで預かってくれって。普通部屋が決まってから飼うだろ?」

「え、じゃあこの子って、鮫島先生の子じゃないんですか?」

「ああ。不規則な仕事してるのに動物なんか責任もって飼えるわけないだろう。今回だって断ったのに聞く耳もたないんだから、まいったよ」

 この言葉を聞いて少しだけほっとした。壱生がピッピの飼い主ならば生活をすべて改めてもらわないといけないと思ったからだ。

「それで必要なものが、ほとんどなかったんですね」

「ああ、預かるべきじゃなかったって思ってる。しつけも何もできてないこの時期に飼い主が不在だとかこの子がかわいそうだろう」

 壱生は純菜が抱いているピッピの頭をなでた。

「一応、動物を大切にする気持ちはあるんですね」

「おい、俺をどんな鬼畜だと思ってるんだ?」

「何で断らなかったんですか?」

 純菜の素朴な質問に、壱生が頭を抱えた。

「俺だって断りたかったさ。本音を言うなら離婚案件も関わりたくなかった。でも代表直々に頼まれたら断れないだろう」

「それは……そうですよね」

 純菜は自分が壱生のアシスタントになったときのことを思い出す。優しいけれど有無も言わさない雰囲気が代表にはあった。

「俺、今年中にパートナー弁護士になるつもりだ。だから失敗も失態も許されない。本宮さんの機嫌を損ねるわけにはいかないんだよ」

「そうですか、では私はそろそろ帰ります。鮫島先生はゆっくり眠ってくださいね」

 時刻はまもなく二十二時。あまりゆっくりしてはいられない。

 バッグに手を伸ばすと、それを壱生さっと横からかっさらった。

「な、何するんですか?」

「お前、まさかこんな状況の俺とピッピを残して帰るつもりなのか」

「はい」

「薄情だな。俺たちがどうなってもいいのか?」

 壱生がピッピを抱き上げて同情を買うような言い方をしてくる。

 抱かれているピッピの目がうるうるしているのはポメラニアンの特徴だとわかっているのに、何か訴えかけているように見えてしまう。

 やめて……帰れなくなっちゃう。
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