天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「矢吹純菜さん?」

「はい」

 ふいに背後から名前を呼ばれて振り返った。

 冷静になって考えるとこんな夜遅い時間に部屋の真ん前で知らない人に名前を呼ばれて返事をするなんて不用心だ。すぐに気が付いたが遅い。

「あの……どちらさまですか?」

 恐る恐る尋ねてみる。相手は純菜を頭からつま先まで眺めるとニヤッと笑った。

 身なりはスーツを着ているけれどサラリーマンには見えない。じわっと手のひらに汗をかく。

「こちらの件でお話があってきました」

 一枚の紙を差し出されて受け取り、すぐに中を確認した。借用書と書かれており父の名前がある。

「これ、父がお金を借りたんですか?」

「そうです。しかも支払いが滞っているんですよ」

「えっ……そんな」

 実家の動物病院はボランティアで犬や猫を保護する活動をしていていつも資金繰りに四苦八苦していたのは事実だ。

 銀行からの借り入れもあるが、まさかこんな怪しい相手にまでお金を借りていたとは思ってもいなかった。

「まあ、病院と家のある土地、建物を売ればすむだろうが一応お嬢さんの思い出の詰まった家だろうと思ってね。一言話しておこうと思って」

 まるで親切で来たと言っているようだが、実際は違う。支払いできない両親の代わりに純菜に借金の支払いをするように言いに来たのだ。

「急に言われても困ります。まずは両親に聞いてみてそれから――」

「矢吹、どうかしたのか?」

「えっ、鮫島先生っ」

 男の肩越しに壱生の顔が見えた。その瞬間ほっとした純菜は泣きそうになったが必死でこらえた。

「なんだそれ、見せてみろ」

 純菜の手にあった借用書のコピーを手に取るとさっと目を通す。その間やってきた借金取りの男はチッと舌打ちをした。

「今日のところは、失礼しますね」

 にっこりと人の好い笑顔を浮かべて男が去ろうとする。しかし壱生はそれを許さない。すっと男の前に立ちにらみつけた。

「そもそも連帯保証人でもない子供には、親の借金を支払う義務はない。その上こんな非常識な時間に接触して法律違反も甚だしいな」

「な、何を。別に取り立てに来たわけじゃないから問題ないだろう」

「は? 俺相手にそんな言い訳が通用すると思ってるのか?」

 壱生は名刺を取り出すと相手の胸にたたきつけるようにして渡した。それを確認した男の顔色が変わる。

「べ、弁護士」
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