天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 じっと彼の横顔を見つめていると、通りにひとりの男性が歩いているのを見つけた。ふと振り向いた男性が純菜に気が付く。

「純菜?」

「岩代(いわしろ)くん……」

 相手を見てすぐに分かったは、純菜の中で彼が忘れられない相手だったからだ。

 それはいい意味ではなく悪い意味で。

 会いたくない相手と遭遇してしまった。それまで穏やかな表情を浮かべていたのが一転する。

 壱生もそれに素早く気が付いた。

「誰だ、あれ」

「あの……中学のときの同級生で――」

 歯切れの悪い受け答えをして繋いでいた手に力が籠る。明らかに様子の変わった純菜を見て壱生のカンが働いた。

「あの男か?」

 小さな声で問われて純菜は黙って頷いた。

「純菜、久しぶりだな」

 動物病院の駐車場を横切って、純菜の同級生である岩代幹久(みきひさ)が近くまでやってきた。顔には純菜と違い満面の笑みを浮かべている。

 おそらく自分が過去に純菜を傷つけたことなどすっかり忘れてしまっているに違いない。

「うん。久しぶり」

 まともに目を見ることもできずに、純菜は小さな声で挨拶を返した。

「全然見ないうちに随分変わったな。化けるもんだなぁ、女って。でも眼鏡姿ですぐに思い出した」

「……そう」

 純菜にしてみれば会いたくもない人物だ。それなのに相手はぐいぐいと会話を続けようとする。

「なんかそんなにかわいくなるんだったら、中学のとき我慢して付き合っておくんだった」

 我慢して……それが失礼だということもわからないのだろうか。

 しかし幹久を前にすると過去の嫌な思い出が脳内によみがえってきて強く言うことができない。この場から去ることもできずに、あの頃から何も変わっていないのかと思うと悔しい。

「いや、その必要はない。彼女には今俺がいるから」

 うつむきそうになっていた純菜の肩を壱生が抱き寄せた。

「え、この人純菜の彼氏?」

 壱生の顔がひきつり、小声で純菜にだけ聞こえるように囁く。

「なんでこいつが純菜って呼ぶんだ」

「それは、昔から近くに住んでいたから」

「は? それだけの理由で? むかつく」

 普段理路整然と話をする姿を見ているので、こんな小さなことで怒っている壱生を見るとおかしくなって笑った。

「そうだ、そうやって笑っていればいい」

 ふたりでこそこそ話をしていたのが気に入らないのか、目の前の幹久が不満そうな顔になる。
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