天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「なに、純菜のクセに彼氏なんかいるのか?」

 昔と同じ、嘲るような言い方にぐっと唇を噛む。言い返せないはずはないのに、トラウマがそれを邪魔した。

「こんな大女でも彼氏ができるんだな」

 はははと声を上げて笑う幹久。しかしそれを壱生が許すはずがなかった。

「おい、それは俺に対する侮辱と思って差し支えないんだな」

 周囲を凍り付かせるような冷たい声に、それまで笑っていた幹久が顔色を変えた。

「え、いや。べ、別にそういうわけじゃないけど」

「さっきの言い方は侮辱ととらえられる。彼女に謝罪して」

「な、何で俺が、こいつに謝らなくちゃいけないんだ!」

 幹久にとって純菜との関係の序列は中学生のときのままなのだ。幹久はばからしいと言いたげに口の端だけ上げて笑った。

「もし、謝ってほしいなら裁判でも何でもしろよ。こんなことくらいでできないだろ? お前の家貧乏だもんな」

 壱生はその言葉を聞いてニヤッと笑った。

「じゃあぜひそうさせてもらう。それが俺の本業なんでね」

「は?」

 そのとき幹久の視線が壱生の襟元についている弁護士バッチを捉えた。

「え、それって。もしかして、弁護士……」

「ああ、次会うときは裁判所かな」

 にっこりと微笑んで見せたが、目は笑っていない。そどころか視線だけで幹久を殺してしまいそうな勢いだ。

「そんなの反則だろう」

「訴えろと言ったのは君だが」

 言い返せない幹久は悔しそうにこぶしを強く握り純菜をにらみつけた。

 また何か言うつもり?

 身構えた純菜だったが、次の瞬間幹久が深く頭を下げた。

「俺が悪かった。許して欲しい」

 これまで幹久が一度だって純菜に謝ったことはなかった。しかし今目の前で深々と頭を下げているではないか。

 驚いて反応できないでいると、顔だけ上げて純菜の方を見た。

「許してくれるよな、訴えたりしないよな?」

 純菜をいじめていたときの勢いなどまったくなく、その目はおびえていた。

 その姿を見てずっと心の中にあった黒い大きな塊のようなものが流れていくような感じがした。

「うん、もう訴えないよ」

「本当に?」

 その問いかけは純菜ではなく壱生に向けられていた。

「俺はまだ怒ってるが、妻が訴えないと言っている以上告訴はできないな。俺は彼女にぞっこんだから、なんでも言う事を聞いてしまう」

 な、何言って!?
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