天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 驚いている暇もないまま、そのまま引き寄せてこめかみのところにキスを落とされた。

「い、壱生さん?」

 抗議の意を込めて彼を見上げる。

「ん? もっとか? 続きはふたりっきりになった後な」

「な、なにいってるんですかぁ」

 昔の知人の前でこんな恥ずかしいことをされていたたまれない。

 ふたりのやり取りをしていた幹久は、訴えられないとわかったのでこの場に長居は無用だと思ったのか踵を返して歩きだした。

 けれど駐車場に出たところで一度こちらを振り返り、純菜たちをひとにらみしてから歩いて行った。

「……はぁ」

 大きなため息をついて壱生の方を見る。彼の不機嫌の矛先が純菜に移っていた。

「なぁ、なんであの程度の男に傷つけられてくらいで、トラウマになってるんだよ」

「それは……中学生だったし。初めての彼氏だったから」

 言い訳をしたのに壱生の機嫌がますます悪くなる。

「気に入らない。あいつか初めてだと? 記憶からあいつを抹消して俺を初めての彼氏にしろ」

「なんですかそれ」

 言っていることが子供じみていて、思わず吹き出してしまった。

「せっかくの純菜の初めてがもったいない」

 まだ不満げな壱生を見て胸が温かくなる。壱生といれば過去の嫌な記憶も上塗りされていくようだ。

「そうだったらいいのに。私の初めての彼氏が壱成さんだったらな」

 たった数日だけでも、純菜の記憶の中の初めての彼氏は幹久だ。その記憶ごと無くなってしまえばいいのに。

 壱生はそっと純菜を抱き寄せた。

「わかった。それなら全部上書きしよう。俺と最後の恋をしよう」

 その時の壱生の優しい瞳の色を、純菜は一生おぼえていようと思った。そしてこうやって壱生と一緒にいれば、過去を全部塗り替えられるような気がした。



 両親に挨拶を済ませて帰路についた。そのままマンションに向かうと思っていたのに、道が少し違う。

「どこか行くんですか?」

「あぁ。上書きするっていっただろ? だからデートだ」

「あれ、本当にするつもりだったんですね」

「当たり前だろう。君の記憶にアイツがいると思うだけで腹立たしい。できるだけ早く追い出したい」

 独占欲の塊のような言い方に胸がときめく。

 ただこれが壱生のリップサービスであることくらいは、恋愛経験の浅い純菜でもわかる。
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