天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 あくまで彼は女性を寄せ付けないようにするために、結婚というカードを切るのだ。たまたま「彼のことを好きにならない」という条件がぴったりと合うのが純菜だったのだ。


 もし他にそういう人がいればその人だったかもしれない。いくらでも代わりのきく相手。それが純菜だった。


 そう思うと胸が苦しい。どんなに大切にされてもそれは、結婚に巻き込んでしまったという責任感から来るものだろう。

 いろんなことを考えてしまって、楽しみにしていたデザートの味はほとんど覚えていなかった。

「ワンッ!」

 足元で純菜を現実に引き戻したのは、嬉しそうに足元で尻尾を振るピッピだった。

 眠ったピッピを膝の上にのせてマンションへ戻った。早めに夕食を済ませていたので少しだけピッピを連れて近所を散歩する。

 人見知りをしないピッピは道行く人に「かわいい!」と言われると、尻尾を振って近付いていく。若い女性が多いのは気のせいだろうか。

「飼い主に似たんですかね?」

「あ? 俺の事か。俺の場合は向こうから寄ってくるんだ。知らない女に尻尾ふったりしない。やきもちか?」

「ち、違いますよ」

 あまりいい気はしないけれど、それを彼に言う勇気はない。

「こうして入れば俺に悪い虫はつかないだろうな」

 壱生は言うや否や、純菜の手を指を絡めて繋いだ。

「これ……必要ですか?」

「俺が変な女に捕まったら大変だろう」

「それは、そうですけど」

 さんざん壱生の女性にまつわる怖い話を聞いた後なの妙に納得して協力しなければという気持ちになった。

 それでもやはり繋いだ手のぬくもりが、純菜の胸を高ぶらせる。なるべく意識しないで済むように、純菜はピッピに気持ちを向けた。

「ピッピ」

 振り向くと先を歩いていても、こっちに戻って来る。うまく信頼関係をきづくことができてうれしい。

 かわいいなぁ。

 無垢なその姿は何をしていてもかわいらしい。ずっと見ていたいそう思っていた。

 けれど別れの時は突然やってきた。

 マンションの前まで戻ってきた時だった。

「鮫島先生」

 背後から声がしたので振り向いた。そこには見覚えのある顔がある。

「本宮さん……?」
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