天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 ピッピが飼い主のところに戻ることは本来喜ばしいことなのに、なぜだか不安でいっぱいになってしまう。

離れがたいという思いだけではない。胸がざわざわする。

「わかりました。こいつの荷物取ってきます」

 壱生がマンションに向かって歩き出した。その後に続いていくべきかどうか悩んだけれど、そうなれば日常的に純菜が彼のマンションに出入りしていると印象付けてしまう。

 え、でも……その方がいいのかな。どうなんだろう。

 純菜の役割としては、壱生に言い寄る女性を追い払う役目だ。だからそのようにふるまうべきかと悩む。

 しかし壱生はそういう態度を見せずに、さっさとマンションに行ってしまった。彼の姿が完全に消えて、乃亜とふたりになる。

「それ、この子の荷物でしょ?」

「あ、はい。どうぞ」

 いきなり話しかけらえて、慌てて差し出した。

 乃亜はそれを奪うようにして受け取る。

「どうしてアシスタントのあなたが、鮫島先生のご自宅のマンションの前で一緒にいるのかしら?」

「え……それは」

「もしかして、付き合ってるなんてことはないわよね、ウフフ」

 おそらく思ったことを口にしただけで、悪気はないのだろう。けれどその態度は明らかに純菜を見下していた。

「……っ」

 彼女よりも優れているところがない。そう思っている純菜は言い返すことができなかった。

「本宮さんにはそう見えますか?」

「えっ?」

「はい?」

 純菜と乃亜が声のした方向を振り向くと、ピッピの荷物を持った壱生が立っていた。

「本宮さんは俺と彼女が付き合っていないと思いますか?」

「え、だってそうでしょう。ふたりはつり合いが取れないわ」

 誰もがそう思うだろう。けれど面と向かって言われると胸が苦しい。

「たしかにそうだ」

 壱生の言葉に純菜は目を見開き言葉を無くした。まさか壱生までそんな風に思っていたなんて。

 指先からどんどん冷えていくのを感じる。反対に目頭は熱くなるばかりだ。ふたりの前で涙を流すわけにはいかない。

「……失礼します」

 蚊の鳴くような小さな声で断りを入れて、純菜はマンションの中に逃げ込んだ。

「おい――」

 壱生の止める声が聞こえてきたけれど、聞こえないふりをして速足で歩く。

 エレベーターに乗り込み最上階までもどかしい気持ちで階数表示の電子表示をながめていると、ポロリと涙がこぼれた。

 あぁ、私。悲しいんだ。
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