天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「さっき気が付いたんです。私じゃ鮫島先生の女避けにはならならないって」

〝鮫島先生〟と呼ばれたことに、壱生は目を細め不満に満ちた視線を純菜に送る。

「どうして?」

 静かな問いかけは苛立ちをなんとか抑えようとしているようにみえる。

「本宮さん、私なんて眼中にありませんでした。女として見られてない、ライバルにもならないって感じで」

 普段から容姿に自信のない純菜を傷つけるには彼女の言葉で十分だった。

「こんな役立たずは、クビにして。もっと素敵な人と一緒にいたほうがいいです」

 自分で言って悲しくなる。しかしここで泣いてしまうわけにはいかない。壱生が黙っていることをいいことに一気に話をする。

「借金の解決についてはちゃんと料金を払いますから」

「そんなこと言ってるんじゃない。約束は守るべきだろ」

 そんな正論、いまぶつけられても「そうですね」なんて言えない。

「俺は純菜、君に頼んだ」

「でも他の誰でもできるじゃないですか!」

 我慢していたのに感情が高ぶって思わず声を上げてしまった。泣きたくないのに目に涙が浮かぶ。

「泣いているのか?」

 純菜が涙をにじませているのを見て、壱生はわずかに驚いた。

「いいえ」

「泣いてるだろ」

「泣いてないです」

 こんなところで意地を張ったって一目瞭然なのに。ふがいなくてますます泣きたくなる。

「泣くなよ。君に泣かれるとどうしていいかわからなくなる」

 そう小さな声で言った壱生が、純菜の肩を抱き寄せた。

彼の胸に抱かれて温もりを感じるとギリギリのところで耐えていた涙がとうとうあふれ出してしまう。

「まいったな、そんなに嫌われていたなんて。悪かった」

「ち、違います」

 そこだけは誤解されたくないと必死になって否定する。

「じゃあ、どうして?」

 腕を緩めた壱生が純菜の顔を覗き込む。悲しみとも心配ともとれる視線にみつめられると押し込めていた気持ちがあふれ出してしまう。

「だって……だって好きになっちゃったんです。壱生さんのこと。私が選ばれたのは、恋愛や結婚に興味がないから都合がいいだけだって――そう自分にいいきかせてたのに、どうしても気持ちが抑えられなくて――っん」

 壱生の熱い吐息が頬をかすめたと思った次の瞬間、すでに純菜の唇は彼のそれに奪われていた。
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