天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 本宮自動車はこの事務所最大の顧客だ。以前の担当は代表が、今は壱生が引きついでいる。もしクライアントでなくなるならば、壱生の失敗とみなされて経歴に傷がつくのではないだろうか。

 そうなったらパートナー弁護士となって代表に認めてもらいたいという、彼の願いが叶わなくなってしまう。

「じゃあ別れなさい。あなたと鮫島先生の結婚は間違っていたのよ」

 間違っていた? 私と、壱生さんの結婚が?

 たしかに最初に提案されたときは、互いのメリットのためだと思っていた。

 純菜自身恋愛ができるとは思っていなかったから、今のような気持ちになるとは思ってもいなかった。

 だけど今の純菜のこの気持ちは本物だ。誰に否定されるいわれもない。

「それに鮫島先生はこんな事務所にこだわることなんてないのよ。彼はトップであるべきだわ。本宮の名前があれば新しい事務所を準備することなんてたやすい話よ」

 乃亜は根本的に間違えている。壱生がここで頑張っているのは代表に認めてもらいたいからだ。他の事務所では意味がない。

 それに彼が人におぜん立てしてもらったものを甘んじて受け入れるとは思えなかった。

「本宮さんは、本当に壱生さんのことをわかっていますか?」

 純菜はわざと〝鮫島先生〟ではなく〝壱成さん〟と呼んだ。そのことに乃亜も気が付いたようだ。

「どういうこと? 私よりあなたのほうが彼のことを知っていると言うの?」

「もちろんです、妻ですから」

 考えてみたら純菜自ら壱生の妻だと名乗ったのははじめてのことかもしれない。

 まさか初めてがこんな修羅場だなんて。

「妻……ですって? あなたみたいな人が鮫島先生の妻と名乗るなんておこがましいと思わないの?」

 乃亜は怒りに任せて大きな声をあげた。

 これまでの純菜であれば、彼女の勢いに圧倒されて口をつぐんでしまっていたかもしれない。

自分が我慢すれば、実家の動物病院も彼のキャリアも守られるかもしれない。でも本当にそれで正しいの? そんなはずない。

今の純菜はこれまでの彼女とは違う。誰にも自分たちのことを否定されたくなかった。

 これまで自分に全く自信がなかった。中学の時のトラウマは言い訳で、まったく自分を認めてあげる努力をしていなかったのが原因だ。
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