天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「お父様、鮫島先生が――えっ。本当のことなの?」

 電話の向こうでは彼女の父親が何か話しているようだ。乃亜の顔色がどんどん悪くなっていく。

 放心状態のまま手にしていたスマートフォンを膝の上に置いた。

「鮫島先生……なんで? 本宮自動車がこの事務所を離れたら困るはずでしょう?」

 乃亜はそれをわかっていて壱生に無理を通そうとしていた。いわば彼女にとっては大切な切り札。それがなくなってしまったのだから、うろたえるのも無理はない。

「確かにこれまではそうだったかもしれない。ただあなたは少しワガママすぎた。俺に対する付きまとい行為、妻に対する侮辱。クライアントとしての立場を利用してのそのような態度は許されるべきではない。こちらに不利益を及ぼす会社を切った。それだけだ」

「そんな……そんなこと。嫌よ」

 気の強い乃亜は、今の状況を受け入れられないようだ。

「信頼関係で成り立つ仕事なんでね。こちらもお客は選ぶんだ」

 壱生の言葉に乃亜はぐっと唇を噛んだ。

「それともうひとつ、理由がある」

 そう言いながら、壱生はICレコーダーを取り出し再生ボタンを押した。

 ガサゴソという音の後に、男性の声が聞こえる。

『矢吹動物病院への落書きや嫌がらせは、俺がやりました』

「こ、の声! 岩代君じゃない?」

 純菜の中学の同級生で彼女に恋愛に対するトラウマを植え付けた人物。

『俺、この間純菜に袖にされたのが許せなかったんだ。昔は俺の方が優位だったのにバカにされた気分になった』

 こんなくだらない理由で両親を傷つけたのだと知ると、むなしくなった。純菜は悔しくて唇を噛む。

「ひどい……」

 思わず言葉をこぼした純菜の肩に壱生がなぐさめるように手を置いた。

「もう少し聞いて。ここから先も大事だから」

 壱生の言葉に泣き出しそうになるのを耐えた。

 その時の純菜は自分の怒りと悲しみで周囲をみていなかった。

『ただ言い出したのは俺じゃない。本宮乃亜っていうやつが俺のところにきて、矢島動物病院に嫌がらせをしろって。具体的に――』

「うそよ、こんなのでたらめよ!」

 いきなり大声を上げた乃亜は、テーブルの上に置いてあったICレコーダーを奪おうとする。

 しかしすんでのところで壱生が取りあげた。
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