天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 ほっとしたのと、壱生の純菜に対する真摯な気持ちを受けて、涙が止まらない。そんな彼女の背中を、壱生は泣き止むまでずっと撫で続けていた。


 あれから一ヵ月が経った。

 矢吹動物病院に対する嫌がらせについては、示談が成立した。両親はことを荒げたくなかったのと、乃亜や幹久にも未来があるからとすぐに謝罪を受け入れた。

 壱生は不満そうにしていたけれど、純菜としては早く決着がついてほっとしている。

 土曜日、壱生は午前中は予定があるといっていたが昼には帰って来る。午後から久しぶりにふたりでゆっくりできるとあって純菜は待ち遠しく思っていた。

 キッチンで夕食の下ごしらえをしながら、いまかいまかと壱生の帰宅をそわそわしながら待っていた。

 ちょっとおしゃれしたの、気が付いてくれるかな?

 純菜にしては珍しくパステルカラーのサマーニットに白の膝丈のパンツを合わせていた。

 化粧はごく薄く施しただけだが、唇には壱生にもらったグロスを塗っている。

 少し張り切りすぎたかなと思わなくもないが、壱生は純菜のこういう気持ちも大切にしてくれ、努力に気が付いて必ず褒めてくれる。

「あ、それ。新しい服? 似合ってる」

 いつの間に帰ってきていたのか、いきなり声をかけられてびっくりした。

「帰って来てたの? びっくりした」

「さっきな。何作ってるんだ?」

 手元を覗いた後、純菜の顔を覗き込む。

「夜は、パエリアにしようと思って。その準備」

「ふーん、じゃあそれまで俺は、純菜をいただこうかな」

 言い終わると同時に、彼は純菜の唇を奪い、抱きしめてきた。軽く交わすキスだけでは終わらない。

「……ん、もう。まだ明るいですから」

 やんわりと彼を押し返して距離を取る。拒否して見せたけれど、赤くなった顔は隠せない。

「しかたないだろ。純菜がそのグロスつけてるとしたくなるんだ」

 いたずらめいた視線を向けてくる。そのあと耳元に唇を寄せた。

「純菜だってわかって、やってるんだろ」

「そ、そんなことないっ」

「いや、そう焦るってことは、図星だ」

 その通りな上に、壱生と言いあっても不利なるばかりだ。とりあえず話を終わらせて逃げることにした。

「と、とにかく。明るいうちはダメですから」

「わかった」
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