男達が彼女を離さない理由
 俺の名前は彼女に呼ばれたことがない。そりゃそうだ、名乗ってないのだから。名前を呼ばれないことがこんなに寂しいものだとは。次回会った時は名乗ろう。イヤがられるかな。自分が名乗るってことは彼女にも名前を言うことを強制することになってしまうかな。うーむ、悩ましい。お互いに名乗り合うことにこんなに困難を感じたのは初めてだ。生きているうちにそんな経験をするなんて思いもしなかった。

 いつもより長居をしているな、俺。そろそろ帰らないと不自然だな。
 帰り支度をして席を立った。コーヒーカップをカウンターに返して彼女達の席を見た。彼女は俺側を向いて座っていたのか。だから彼女が男の名前を呼んだのははっきり聞こえたんだ。
 彼女と視線が合ったので軽く会釈をした。彼女も頭を少し下げた。男がこちらを向きかけたので、俺は足早に店を出た。
 男に顔を覚えられただろうから、今度会ったら会釈ぐらいすることになるかな。それが大人の礼儀だ。
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