9度目の人生、聖女を辞めようと思うので敵国皇帝に抱かれます
潤んだ瞳に、デズモンドの詰襟で鈍く光る銅製の徽章が目に入る。

クロスした斧の印は、オルバンス帝国の紋章だ。

そんなこと、とうの昔に心得ていたはずなのに、昨夜は酔っ払っていてすっかり失認していた。

あろうことか木こりと勘違いするほど思考力が衰えていたなんて、酒というものは恐ろしい。

(私はエヴァン様を四回も殺した彼に抱かれたの……?)

今さらながら、あまりの恐怖に、背筋に怖気が走る。

皇帝デズモンド、別名覇王については、ループ人生の中で、嫌というほど悪い噂を耳にしてきた。

だが、昨夜の記憶もさることながら、目の前にいるデズモンドは、とてもではないがそんな悪人には思えない。

だが、エヴァンを四度も殺されたのは紛れもない事実。

一度目はデズモンド自らの手で喉を切りつけられたと聞いた。

二度目は彼の軍隊に矢を浴びせられ、三度目は移動中にデズモンドが率いる軍の奇襲に遭い崖に突き落とされ、四度目はまがまがしい暗黒魔法で進軍中に息の根を止められた。

魔法の中でも、暗黒魔法は特段扱うのが難しいとされ、デズモンドの魔力はかなりのものと思われた。

(どうしてよりによって、彼なんかに身を捧げてしまったのかしら)

セシリアは、混乱のあまりカタカタと背中を震わせる。

デズモンドは、セシリアが怯えているのは、頬を殴られたためだと勘違いしたらしい。

向かいにいるエヴァンに、凍てつく刃のような視線を投げかけた。

「君を殴ったのは彼か」

「セシリアに触るな!」

エヴァンが、いつもの穏やかな彼とは似ても似つかない真っ赤な顔で、喚き散らす。
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