9度目の人生、聖女を辞めようと思うので敵国皇帝に抱かれます
胸に妙なモヤモヤを抱えていると、彼が立ち上がり、こちらに近づいてきた。

ブーツが床を叩く音が、耳に心地よい。

今までは座っていたので気づかなかったが、思った以上に背の高い人のようだ。

「酒場で話を聞いていたが、君の才識には驚かされたよ」

「そうでしょうか? たしかに知識量は多いとは思いますけれど、役に立たないことばかりで」

「それは考え方次第だろう。少なくとも俺には、そうは思えなかった。おまけにあの巨体を投げ飛ばすんだからな。どこであんな芸当を習得した? あれには度肝を抜かれたな」

あのときのことを思い出すように、男が軽く笑う。

からかっているのではない、純粋に楽しんでいるような笑い方だった。

不思議と、セシリアの心も和む。

「この国には、君のよう女がたくさんいるのか? 俺の国では考えられないな。女はたいてい、無知で、着飾ることしか考えていなくて、男にかわいがってもらうのが自分の仕事だと思っている」

(私も、できればそんな生き方をしたかった)

だけど無理だった。

知識を蓄えても着飾っても、セシリアは男にかわいがられるような女にはなれなかった。

そこでセシリアは、弾かれたように顔を上げる。

酔っ払って忘れかけていたが、城を抜け出してきた本来の目的を、とっさに思い出したからだ。

(そうだ、こんなことをしている場合じゃないわ。抱いてくれる男の人を探さなきゃ)

侍女にも相手にされていないので、城を脱走したことは、夜の内には気づかれないだろう。

だがもたもたして朝を迎えてしまっては大問題だ。さすがに気づかれてしまう。

焦ったセシリアは急いで立ち上がったが、酔っているせいで足がふらつき、前につんのめった。
< 65 / 348 >

この作品をシェア

pagetop