9度目の人生、聖女を辞めようと思うので敵国皇帝に抱かれます
聖女の証を消してもらうため、とは口にできず、セシリアはぼやっとした頭を巡らせる。

他の男では駄目で、彼ならいいと思った理由は何か。

「それは、あなたが先ほど私を助けてくれたからです。あなたになら、抱かれたいと思いました」

気づけば、今までのつらい日々を、走馬灯のように思い出していた。

婚約者に面と向かってけなされても、あざ笑われても、露骨に浮気をされても、嘲笑する者はいたが守ってくれる者はいなかった。

たとえ一夜限りの相手でも、人を思いやれる、温もりを持った人の方がいい。

「大丈夫です。今後は、何があろうと私があなたをお守りします」

(抱かれたら最後、一切関わらないことで、必ずご迷惑はお掛けしません)

強い決意を目に宿せば、男は驚いたような顔をしたあとで、フッと息だけで笑った。

「君が俺を守る? それは新鮮な響きだ」

そう答えた男の声は、やはりどこか楽しそうだ。

「それに奇遇だな。俺も、酒場で飲んでいたときからずっと君のことが気になっていた。自分でも驚くほどに」

セシリアを抱く男の腕に、力がこもる。

(とてもいい匂いだわ)

男の胸の中は、シトラスと土埃と日の光を混ぜたような匂いがした。

くらりとするような大人の男の香りもして、妙な心地になる。

「こんなつもりはまったくなかったが、既成事実を作るのも悪くない」

男の香りが濃くなるにつれ、セシリアの心臓が割れんばかりに鼓動を速める。

これまでの人生、誰かとこれほど身を寄せ合った経験はない。

身体の密着度から、男がこれから本気でセシリアを抱くつもりなのだということが、伝わってきた。

男の手が、セシリアの顎にかかる。

相変わらず顔はぼやけているが、その瞳が、真昼の空のように澄んだ水色なのだけは分かった。

獣が獲物を捕食するときのような、ひたむきで熱っぽい眼差しをしている。
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