9度目の人生、聖女を辞めようと思うので敵国皇帝に抱かれます
おそらく、過去の苦々しい経験が影響しているのだろう。

女を抱いて欲を放ちたいなど、思ったためしがない。

側近で友人の魔導士ベンジャミンに言わせれば『医者に診せた方がいいレベルの異常体質』らしいが、不便を覚えたことはない。 

だが、今なら彼の言い分も理解できる。

一度抱いてしまったら、あれはたしかに病みつきになる。

今まで飽くほど言い寄られてきたが、その気になったのは初めてだ。

そばにいると、嫌悪感を抱くどころか、安心感を得られる不思議な女だった。

才識がありながらデズモンドを木こりと勘違いしているどこか間の抜けたところも、愛しく思えた。

それは、彼女は他の女たちのようにデズモンドの地位に惹かれているのではなく、生身の彼を欲してくれている証拠でもある。

『今後は、何があろうと私があなたをお守りします』

それから、吸い込まれそうなほどに澄み渡った、強い意志を秘めたエメラルドグリーンの瞳。

誰かのあれほどに強い眼差しを見たのは初めてだった。

あれがきっと、決定打だったのだと思う。

大帝国の皇太子として、過酷な闘いの中に身を投じてきたデズモンドには、他人に守られるという概念が存在しなかった。

強く生まれた自分は、守る側の人間だと、無意識に認識せざるを得なかったのだ。

来年には父の跡を継ぎ、即位する身。

今後はより一層身を引き締めて、護る者として、大帝国を率いていかねばならない。

周りも当然のようにそれを示唆していたし、自分でも信じて疑わなかった。

だから自分の概念が、百八十度ひっくり返ったような感覚になったのだ。

(誰かに守られるというのも悪くない)

その瞬間デズモンドは、大帝国の皇帝に即位する栄誉に対し、自分が密かに重責を感じていたのを知った。
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