9度目の人生、聖女を辞めようと思うので敵国皇帝に抱かれます
ポタリと、拳から血のしずくがしたたり落ちた。

あまりにも強く握ったせいで、出血したらしい。

――ガンッ!

構わず、エヴァンは血まみれの拳を壁に打ちつける。

あまりの衝撃に部屋全体が揺らぎ、壁にかけていた額縁が落下した。

(許してなるものか)

不貞を働いたセシリアにも、もちろん湧き立つような怒りを感じている。

だがそれ以上に、相手の男が許せない。

(どこの誰だ? 城住まいで、男と知り合う機会などなかったはずなのに)

ギリッと歯を食いしばる。

あの白くて華奢な体に他の男が触れたかと思うと、とてもではないが正気ではいられなかった。

少女の頃からずっとエヴァンひとりのものであり、かといって絶対に触れてなどやらない特別な存在だったのに。

彼女は、エヴァンに愛されず、必死に愛を乞い続ける宿命なのだ。

そういうみじめな星のもとに生まれ、死んでいかねばならなかった。

「――相手の男の首を刎ねてやる」

地を這うような声で唸ると、エヴァンは壁に掲げていた剣を腰に差し、謁見の間めがけて突進する猛獣のごとく部屋を飛び出した。
< 97 / 348 >

この作品をシェア

pagetop