エリート官僚は政略妻に淫らな純愛を隠せない~離婚予定でしたが、今日から夫婦をはじめます~


◇◇

《一哉さんの仕事が落ち着いたら、食事に行こうよ》

思い出に浸っていた澄夏は、電話の向こうから聞こえた声で我に返った。

「う、うん」

《でも中高時代の話をすると一哉さんが少し困った顔をするんだよね。向こうは私たちの存在を知らなかったから仕方ないかもしれないけど》

「……そうだね」

瀬奈の言う通り、一哉はあの夏の日の出会いを覚えていないようだ。

澄夏にとって忘れられない記憶でも、彼にとっては印象的な出来事ではなかったのだろう。

お見合いの席で、お久しぶりですと言おうとしていた澄夏に、彼は「はじめまして」と微笑んだ。

そのときの彼の言動はとても優しいものだったけれど、忘れられていたのはショックだった。

おかげで過去に会っていると言いそびれたため、彼は未だに見合いの席が初対面だと思っている。

《あ、もうこんな時間。ごめん、だらだら話しちゃって。大丈夫だった?》

「うん、大丈夫だよ」

《実家の方は落ち着いた?》

瀬奈の声に躊躇いが滲んだ。

澄夏の父の落選は誰もが知る事実で、匿名のSNSなどでは失脚した政治家として面白おかしく話題にされている。

身近な人の方が話題に触れるのを遠慮して、とても気を使ってくれているようだ。

「少しはよくなってきてるけど、お母さんが退院出来るのはまだ先になりそう」

《そう……いろいろ大変だろうけど、無理し過ぎないようにね》

「ありがとう、瀬奈。また連絡するね」

親友との会話が気分転換になったのか、電話を切ったときには少し気分が浮上していた。

澄夏は手早く支度を整え、予定通り遠縁の家に行くために家を出た。

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