指輪を外したら、さようなら。
「ん?」
「…………」
けれど、それを聞くのは、なんだか気が進まない。
「なんだよ?」と言いながら、比呂が私の顎に人差し指で触れた。
「顎に皺寄ってんぞ? なんか、気になることがあるなら言え」
「……」
好奇心とはいえ、聞いてしまったら比呂を調子づかせることになるのは目に見えている。
「言ーえーよ」
人差し指を外して、今度は比呂が私の顎をカプッと咥えた。
「ひょ――」
口が半開きで、変な声が出た。
クククッと比呂が笑う。
「やめてよ!」
「『ひょ』だって。めっちゃかわいー」
「なっ――!」
三十も過ぎて可愛いなんて、恥ずかしい以外の何物でもない。
「そんなこと言って!」
私は恥ずかしさのあまり、枕を比呂の顔面目掛けて叩きつけた。ボフッとヒットする。
「私が本気になったらどうすんの? 私が愛人じゃ嫌だって言い出したら、どうすんのよ! 離婚したら、終わりなんでしょ? そんなんで、恋愛しようとか――」
「お前がルールなんてどうでもよくなるくらい俺を欲しがったら、俺のルールも必要なくなるだろ」
比呂が枕を本来の場所に戻し、私の腕を引き寄せた。ガバッと開かれた彼の両足の間に膝をつき、そのまま足を交差される。
捕まえた、と言わんばかりに、比呂は満足そうに私の胸に顔を押し付ける。
「俺のルールはお前を離さないためのもので、お前のルールは自分を守るためのものだろう? お前がルールを捨てたら、その後は俺がお前を守ってやる」
「お尻撫でながら言われても、嬉しくないんだけど」
私の腰を抱いている比呂の手がササッとパーカーをたくし上げて、ショーツを穿いていないお尻をフニフニと撫で回す。
どんなに格好いいことを言っても、台無しだ。
「真顔で言われたって素直に受け入れないだろ」
「だから――ってぇ……」
気持ちいい。
何度、こうして比呂を受け入れてきたろう。
何度目でも、私の身体は悦んでしまう。
「俺のっ――……最終目的は、千尋と結婚することだから、美幸との離婚の手段くらい用意してる」
「そうなの?」
「正確には、これから用意するんだけどな」
「どんな?」
「それは、お前が俺と結婚したくなったら教えてやるよっ!」
下からズンッと突き上げられて、私はそれ以上聞けなくなってしまった。
散々揺さぶられて疲れ果て、枕に顔を埋めて目を閉じた頃、比呂が私の髪を指ですきながら、呟いた。
「他の誰を犠牲にしてもそばにいたいのは、俺も同じだからさ……」
誰と同じなんだろう……?
私はそんなことを言った覚えはない。
聞きたかったけれど、瞼が重すぎて、聞けなかった。
思えば、比呂の奥さんが会社に来るようになってから、なんだかゆっくり眠っていなかった気がする。
認めるのが悔しかったけれど、事実なのだ。
比呂が奥さんより私を選んでくれた――。
認めるのが悔しいけれど、嬉しかった。
明日も仕事なのに……。
一緒に出勤できないから、時間をずらして出なきゃ…………。
そんなことを考えながら、私は深い眠りに落ちて行った。