指輪を外したら、さようなら。
比呂の奥さんが会社を訪れることがなくなり、社内ではそれについても様々な憶測が飛び交った。
最有力なのは、別居が解消されたから来なくなったという、復縁説。だが、あろうことか、総務部の誰かが、比呂が転居届を出していないことを漏らしたため、確定には至っていない。全く、この会社の個人情報の管理はどうなっているのか。
次に支持を集めているのは、復縁に向けた話し合いがまとまらず、離婚秒読みというもの。そもそも、奥さんが通っていたのは、比呂を離婚に同意させるためでは、などとも言われていた。この想像力を、仕事に役立ててはくれないだろうかと、思った。
で、一番面白みがないから誰も口にしないけれど、噂に加担しない人たちの想像としては、現状維持。奥さんが比呂を訪ねてきていたのは、別居中とはいえ籍が入っている以上は共有しなければならない情報があるわけで、その為だったのではというもの。これを後押ししているのは、ほとんどが離婚経験者だという。なるほど、経験者は語る、というわけだ。
長谷部課長も、『別居してても、互いの家族に知らせてなかったら結婚式や葬式なんかには出なきゃなんねーからな。そういう必要事項の打ち合わせかなんかじゃないか?』と言っていたらしい。
とにかく、そうして社内が比呂の噂でもちきりになることこそが奥さんの作戦だったとは、誰も知るはずもなく。
比呂は比呂で、聞かれても適当に流すもんだから、余計に想像を掻き立てられていくらしく。
「やっぱり、復縁説が有力ですよ!」
しばらくその話をしなくなっていた楓ちゃんがそう言いだしたのは、私と比呂の同居が始まった二週間後。
「なに? 急に」
私はスケジュール帳と睨めっこしていた。
比呂が昨日から二泊で出張に行ってしまい、打ち合わせの時間をひねり出すのに頭を悩ませていた。
ホントはやりたくないけど、比呂とは家で軽く打ち合わせしておかなきゃ、勤務時間内じゃまともな枠が取れないなぁ……。
比呂と暮らし始めて、ついつい仕事を持ち帰るようになっていた。
この前も、セックスの最中にいい案が思いついて、とっとと終わらせて図面に向かったりカタログを広げたりした。
これまでも頻繁に泊まっていたから、その延長だと考えていたけれど、意外にも比呂の考えは違った。
泊まる、のと、暮らす、のとでは違うからと、家事や生活費の分担をきちんとしたいと言った。
とりあえず、家賃は折半、光熱費は私、食費は比呂、掃除と洗濯は私で、食事を作るのはその時手が空いている方。一昨日は、出張の準備で早く帰って来た比呂がチャーハンとスープを作ってくれていた。その前は私がパスタを作った。
掃除と洗濯は私が譲らなかった。比呂に下着を干してもらうのは気が引けたし、男の人の掃除は雑そうだと勝手に決めつけた。比呂はムッとするわけでもなく、私が忙しい時は掃除機をかけるくらいはすると言った。
まず、このルールでひと月ほどやってみて、お金の面で不公平がないか、家事の分担に偏りがないかを話し合うことになった。