指輪を外したら、さようなら。
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打ち合わせの帰り。ランチを済ませてから会社に戻ろうと駅直結のショッピングモールを歩いていて、見覚えのある横顔を見つけた。黒髪、ショートヘア、切れ長の目、シャープな顎。相変わらずのパンツスタイルで颯爽と歩く女性。
「あきら?」
私は手を振り、呼び止めた。
「仕事中?」
「すぐそこの小学校に行ってたの。これから戻るとこ」
あきらは児童カウンセラーとして働いている。市内の学校と教育委員会のパイプ役をしている、と前に聞いた。
私とあきらは同じ大学のサークル仲間。その名も『OLC』。O大学ルーズサークル。特に決まった何かをするでもなく、とにかくまったり何かを楽しもう、みたいなサークルと呼ぶにはおこがましい集まり。
大学を卒業してからは疎遠になっていたが、五年前にサークル仲間の大和とさなえの結婚式で再会した。それから、仲間内でも特に気の合う七人で、時々集まっている。
「千尋は?」
「打ち合わせの帰り。ランチする時間、ある?」
「あるある!」
あきらと会うのは三か月くらい振り。その時も仕事帰りにバッタリ会って、一緒に飲んだ。
私たちはすぐ近くの洋食屋に入り、私はシーフードグラタンのセット、あきらはビーフシチューのセットを注文した。
「ちょうど連絡しようと思ってたのよ。OLCの飲み会、再来週の予定を来週にしたいんだけど大丈夫?」
「今回は千尋が幹事だっけ?」
「そ。私と陸。次はあきらの番だからね?」
次回の幹事はいつも、参加者の中から決める。前回はあきらが欠席で、私の番になった。
「で? 来週の土曜は大丈夫?」
「ん。大丈夫」
「良かった。陸が急な仕事で休みが変更になっちゃったらしくてさ」
「支配人も大変だ」
陸はホテルの支配人をしていて、二年前に同じホテルでパティシエをしている奥さんと結婚した。子供が出来たからと式も挙げずに慌ただしく結婚したのだけれど、籍を入れてひと月ほどで流産してしまった。
「千尋は? 相変わらず、忙しいの?」
「うん、まあね」
「男の方も……相変わらず?」
「……うん」と、私は少し歯切れの悪い返事をした。
「あの、名前が似てるって男性? 長いね」
「うん。けど、そろそろ終わりかな」
「そうなの?」
「これ以上は、ね。さすがに離れがたくなりそうで」
私が不倫をしていることを、あきらは知っている。OLCの中ではあきらだけ。
先に、飲み物とサラダが運ばれてきた。二人ともアイスコーヒーをブラックのまま、一口飲む。
「離婚、しないの?」
「さあ。聞いたことないけど……」
「けど?」
「離婚したら一緒に暮らせるか? って聞かれた」
つい数日前に比呂に言われたことを自分で口にすると、少し恥ずかしくなった。
比呂に求められていることを、実感してしまう。
「千尋の事、好きなんだ」
「多分……」
「千尋は?」
「やめてよ。私は――」
「わかってるよ」
あきらが私の言葉を遮った。
あきらは知っているから。
私が幸せを求めていないことを。
だから、私から比呂を解放してあげなきゃ……。