指輪を外したら、さようなら。
結局、コンビニ弁当を買って帰った。
自分が思うより動揺していたんだと思う。
初めて、仕事帰りに二人で並んで帰った。
比呂は亘のことを聞かなかった。
私も話さなかった。
長谷部課長の前で話したことは事実だし、仕事を引き受ける以上、これ以上の私情を挟んでいいはずがない。
ただ、比呂の怒りはひしひしと伝わってきたし、きっと、私の不安や苛立ちも伝わっていたと思う。
だからかもしれない。
その夜の比呂は、いつも以上に甘い声で私を呼んだ。
いつものような性急さも強引さもなく、ひたすら優しく、私を蕩けさせた。
『大丈夫だよ』
そう言われているようだった。
実際に言われたのかもしれない。
けれど、そう思った時には、私は抗えない高揚感と眠気に目を閉じていた。
幸せな、夢を見た。
小さな公園で、私は比呂を眺めていた。比呂の視線の先には、小さな女の子。
二歳くらいの、柔らかな髪にリボンを巻いたその子に、比呂は湿らせた砂を四角く固め、何やら一生懸命説明している。
女の子は真剣にうんうんと頷いているが、次第に飽きてきて、比呂の作った砂の家を叩いて潰してしまった。
比呂は口を尖らせて、肩を落としている。
それを見た女の子は砂まみれの小さな手で比呂の頭を撫でた。
比呂は少し困った顔をして、けれどすぐに笑ってその子を抱き締めた。
『パパ! ――の服が汚れちゃうじゃない!』
自分の声に、ハッとして目が覚めた。
目の前には、比呂の寝顔。
夢……か。
なんて夢だ。
「千尋……?」
ゆっくりと瞼を上げた比呂が、驚いた顔で私を見た。彼の指が私の頬を撫でる。
「どうした?」
「え……?」
「涙」
言われた瞬間、目尻から水滴が零れた。こめかみを伝う。
「どうした?」
「……欠伸、しただけよ」
言えるはずがない。
私と比呂に子供がいる夢を見たなんて。
「……そっか。昨日……ちょっとしつこくしすぎたか?」
「ちょっとじゃないじゃない」
ぎゅうっと抱き締められて、唇を重ねられた。
「またシたくなりそうだから、起きるか」と、いたずらっ子のようにニッと笑う。
「……バカ」
ベッドを出て伸びをしながら部屋を出て行く比呂の背中を眺めていたら、また泣けてきた。
言えない。
だって――。
夢は言葉にしたら現実にならないって、誰かが言っていたから。
年甲斐もなくそんな可愛いことを思った自分に、笑えた。