CROSS LOVELESS〜冷たい結婚とあたたかいあなた
「紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも」
(えっ…)
真後ろから朗々と吟じられた歌は……
振り向くといつの間にか蓮さんとスミソン氏がそばに立っていて、2人とも和やかな雰囲気だ。
「あら、玲さんはその歌をご存知なのね」
マリン夫人が嬉しげに訊ねると、にっこり笑った蓮さんはもちろん、と答えた。
「万葉集1巻21…当時皇太子であられた大海人皇子の、額田王の御歌への返歌ですよね。蒲生郡での遊猟の宴で即興で作られた」
「その通りよ!素晴らしいわ…ああ、こんなに楽しい時間。久しぶりだわ」
マリン夫人が少女のように頬を上気させ、瞳を輝かせているのを見て、スミソン氏も上機嫌でニコニコ顔。愛妻家で有名なのは本当みたい。
『サワムラ、ありがとう。マリンがこんなに楽しそうなのは久しぶりだよ。ぜひ、また君たちと話をしたいものだね』
『ありがとうございます。ぜひまたお越しください』
沢村のお父様も成功を確信したのか、スミソン氏と固い握手を交わす。私が…ほんの少しでも役に立ってたら嬉しい。うぬぼれかもしれないけれど。
「レイ、カオリ。そんな意味深な歌じゃなく、きちんと言葉に出さないと想いは伝わらないわよ?」
「え?」
マリン夫人が去り際に、私と蓮さんに意味不明な言葉を投げ掛ける。
「何らかの事情があるのは察せたわ…でも、ストレートにいきなさい。それが幸せへの近道よ」
「はい、アドバイスありがとうございます。肝に命じますので」
蓮さんはにこやかに返したけれど…私には、まったく意味が理解出来なかった。