君が望むなら…
彼は私をいきなり強く抱き締め、強く口付けた。
それも一瞬だけ。

私にとって初めてのキスを、彼は…

息が止まりそうになり、驚きに見開かれた私の目には次第に涙が溜まっていった。
私はその涙が溢れ出さないよう祈る事しか出来ない。

震えた彼の体はそれ以上動かず、表情も見せずに私を抱き締めたまま止まり、そのまましばらく時が過ぎた。
そして、

「…すまない…もうしないよ…。今日はもうおやすみ、アネア……」

ようやくそう告げた彼の声は、穏やかだったけれど少し震えていた。



そのうち私は、夜中に屋敷を抜け出すことを覚えた。

たったひとりの時間。

自由な自分。

一人きりで抜け出し、夜空を眺めている間だけは幸せだった。

誰と比べられることもなく、誰にも監視されることもない私だけの…

それからは彼や屋敷中の者が眠りにつく頃、私は毎夜のように抜け出し、ほんの少しだけの一人きりの時間を過ごした。


私の限界はすでにピークに達していた。
彼に対し後ろめたく、劣等感しか無い毎日の生活に絶望し、彼には毎晩早く眠ってほしいと願った。
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