天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 こんな歯向かうようなことをして、あの旦那様に何をされるか分からない。
 ずっと忠誠心を誓っていた旦那様を裏切るようなことをするなんて、きっと想像以上に勇気がいっただろう。
 それを想像するだけで、胸がいっぱいになった。
 思わず泣きそうになっていると、そんな私達を守る壁になるように、優弦さんが目の前に鎮座した。
「優弦、貴様……告発などしてどういうつもりだ」
「現状、選択肢が二つあります。告発して相良家ごと潰すか、俺に院長の座を託し医療現場から退くか、どちらか選んでください」
「お前……ふざけるなよ‼」
 激高した旦那様が立ち上がり、優弦さんの胸倉を思い切り掴み上げた。
 しかし、優弦さんはビクとも動かず、ただ冷めきった瞳で旦那様のことを見つめている。
 それから、すぅっと息を静かに吸い込んでから、逆に旦那様の胸倉を掴んで顔を近づけた。
「全部こっちの台詞ですよ。差別的扱いを受けたと訴えているオメガ型の患者のヒアリングシートが、八年分溜まっていますから、後で全部死ぬ気で読んで目に焼き付けてください」
 さっきの大量のファイルはその資料だったのか。私以上に入念に用意していた優弦さんに、鳥肌が立つ。
「な、何だと……⁉ オメガごときの意見など影響するものか……!」
「おい」
 文字にするとたった二文字。でも、その一言が、背筋が凍るほど恐ろしい響き方をした。
 旦那様も一瞬顔を強張らせ、目を見開いている。
「俺の前で、二度と差別的な発言をしないでもらえますか。……今すぐに全部潰したくなるんで」
「なっ……」
「選んでください。早く」
 首を掴まれたままだんだんと苦しそうにしている旦那様に気づいて、私は優弦さんの腕を後ろからそっと掴んで制した。
 それですこし正気になったのか、優弦さんはハッとしたように掴んでいた服を離す。
「ゆ、優弦! 貴様副院長に飽き足らず院長になりたいとほざくなんて、どれだけ傲慢なことを言ってるのか分かってるのか……!」
「そ、そうよ! その座はいずれうちの夫が譲り受けるべきもの……! そんな我儘通るわけ……っ」
 優弦さんの圧に怯えて今まで黙っていた幸久さん夫婦が、怒りを思い出したように騒がしくなった。
 すると、優弦さんはゆらりと視線を移動させ、「俺がいつ院長になりたいと言った?」と低い声で問いかけた。
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