天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 あなたも、私の敵なんでしょう……?
 部屋の隅で固まっていると、優弦さんが布団から出てこっちに近づいてきた。
 私は思わずビクッと肩を震わせ、壁に背中をピッタリくっつける。
「世莉。怯えないで」
「こ、来ないで……っ」
 私は思い切り優弦さんを睨みつけて威嚇した。
 フーフーッと、まるで獣のように乱れる息を必死に整えていると、優弦さんが突然私の手を掴んだ。
 その瞬間、ビリッとした感覚が走り、思わず顔を歪める。
「大丈夫。俺を信じて」
「な、何を……」
「これ、君のものだろう」
 彼がそばにあったタンスから取り出したのは、私のお守りそのものであるあの着物だった。
 驚きで頭の中が真っ白になり、私は「え……?」と小さく声を出すことしかできない。
 震えた手で着物を受け取ると、じわーっと安堵が指先から体中に広がっていった。
 なぜ、これがここに……?
「偶然、庭の焼却炉に放置されているのを見つけて回収したんだ。世莉さんが初日に着ていた着物だと思って」
「どうしてですか……?」
「え……?」
「どうして、私なんかに、そんなこと……」
 着物を抱きしめ涙しながらそうつぶやくと、優弦さんはぐっと何かの感情を押し込めるように、唇を噛んだ。
 もしかしたら彼は、私が部屋に入った瞬間から起きていたのかもしれない。
 明らかな殺意を向けられていたというのに、どうしてそんな優しい言葉をかけてくれるのだろうか。理解ができない。
 本来なら、警察に突き出されたっておかしくないのに。
 しばしの沈黙が流れ、優弦さんはそばにあった行燈の光を灯してから、ゆっくり息を吐いた。
「……すまない。まだ何もできない理由があったんだ。証拠が必要で」
「証拠……?」
「女中を油断させるためとはいえ、朝は冷たくしてすまなかった。でも、まさか火傷までさせるとは思っていなかった」
 切なげな瞳で見つめられ、なぜか胸が苦しくなる。
 私はさっと視線を逸らして、「こんなもの大した傷ではないです」と早口で答えた。
「どうかな。君は我慢強すぎるところがあるから……。さっきから顔が赤いようだけど、熱でもあるんじゃ……」
「え、待ってくださ……」
 優弦さんの手が突然頬に触れたその瞬間、ドクン!と心臓が跳ね上がり、一気に体温が上がった。目の前にいるのは憎い相手なのに、どうしてか体が疼いている。
「はっ、はぁ……」
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