天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 私は必ず、この呪いのような約束をここで終わらせて見せる。
 そして、八年前の恨みを、果たすのだ。

「ここが……」
 時代劇に出てきそうな相良家の豪邸を前にして、私は息をのんだ。
 入母屋造りで、重厚感溢れる伝統的な和風建築の平屋は信じられないほど広く、普通の家が少なくとも六軒は入ってしまいそうだ。一度相良家のご両親と対面した際に来たことはあるけれど、あのときはまだ学生だったので記憶が薄い。
 恐る恐る木製の門扉を開けて中に入ると、それはそれは立派な庭園が出迎えてくれた。
 背の高さほどある燈籠や、涼し気な水鉢が庭に飾られており、大判の敷石が家の玄関まで続いている。
 バランスよく配置された植栽が鮮やかな緑の景色を作り出していて、和の趣が感じられる。
 池に流れる水音を聞きながら、私は玄関まで歩いた。
 しかし、足が震えていることに気づき、私は入口を目前にして立ち止まる。
「嘘……。何してんの、私……」
 幼少期の両親の死、大好きな祖母の死、望んでいない結婚、煮詰めてきた復讐心……。
 全て、たったひとりでここまで背負ってきた。
 ここに入ったら、もっと地獄が待っている。
 私は、立ち向かえるだろうか。これからも、たったひとりで。本当に目的を果たせるだろうか。
「しっかりしてよっ……!」
 奮い立たせるように自分の太ももを叩く。
けれど、一度不安になると止まらなくて、頭の中に、人生で一番辛かった瞬間の映像が流れてきてしまった。

 深夜。家で突然倒れた祖母。
 二十歳だった私は、必死で救急車を呼び、病院まで付き添った。
 運ばれたのは、県内で一番大きい相良病院だった。相良優弦と出くわしてしまう可能性は大いにあったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
 夜間だったこともあるけれど、労働環境に不満を持った医療スタッフが次々に辞めていた時期らしく、とにかく人手が少なかったことを覚えている。
 一刻も早く祖母に処置を施してほしいと泣きながら待っていたのに、相良院長は、後から運ばれてきた男性を優先した。
『こっちが先だ!』
 すれ違いざまに、あの一言を聞いたとき、私は心の底から絶望した。
 のちに知った話だけれど、優先された急患は、相良家の大事な得意先の社長で、泥酔して二階から落下したらしい。
 つまり……あの瞬間、私的な判断で命が選別されたのだ。
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