天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
うちと同じような横に広いタイプの作りで、長い縁側が続いている。庭も丁寧に管理されていて、華美な花はないけれど、洗練された美しさがある。
この家に来るのは初めてのことだったけれど、どこかほっとする空気感が漂っていた。
「中でお茶でもいかがですか」
「いえ、そんなお気遣いなく……」
業界でも三本指には入るほど有名な和裁士である雪島梅(うめ)さんは、今年で七十八歳になるという。低い位置でお団子にまとめている髪の毛は白髪で、腰を丸めて少し歩きづらそうにしているけれど、梅さんにはどことなく気品が漂っている。
「今は医大に通われているんですよね。お勉強で毎日大変でしょう」
「え……」
大変でしょう、なんて、そんなことを誰かに言われるのは初めてだったので、俺は少し驚いた。
成績で一位を取るのも、医大に進学するのも、医者を目指すのも、呼吸をすることのように当たり前だったから。
代々医師家系である相良家には、ひとつのレールしか敷かれていない。生まれた瞬間に、将来の職業も、結婚相手も決まっていたのだ。
それを嫌だと思ったことはないし、疑問を抱くこともなかった。
――いずれお前が相良家のトップになるのだ。
幼少期から父に言い聞かされていた言葉は、どんどん自分をサイボーグのようにしていたのかもしれない。
「たまにはのんびり気を抜くことも大事ですよ」
「はは、そうですね」
久々に人間らしい会話を振られて、俺は少しだけ頬が緩んだ。
梅さんとこうしてちゃんと会話をしたことは初めてに近かったけれど、こんな祖母が欲しかったと、そんなことを思ってしまった。
「丁度今日は世莉もいてね……。高校がつまらないみたいで、早退してきちゃったのよ」
「え、そうなんですか?」
「今は買い物に行っているから、焦らなくても大丈夫よ。まだ顔を合わせないように言われているんだものね」
急に婚約者の名前が出てきて、心臓がわずかにドキッとした。
雪島家に長女が生まれたという知らせが届いたとき、相良家は奇妙なほど盛り上がっていた。
まだ七つだった俺に向かって、父親が『お前の新しい婚約者が決まったぞ』と興奮気味に言ってきたのを今でも覚えている。
親族も、ようやく先祖様の約束が果たされるとか、今まで支援してきた時間のお金が報われるとか、優秀な子供が生まれるとか、そんなことを好き勝手に言っていた。
この家に来るのは初めてのことだったけれど、どこかほっとする空気感が漂っていた。
「中でお茶でもいかがですか」
「いえ、そんなお気遣いなく……」
業界でも三本指には入るほど有名な和裁士である雪島梅(うめ)さんは、今年で七十八歳になるという。低い位置でお団子にまとめている髪の毛は白髪で、腰を丸めて少し歩きづらそうにしているけれど、梅さんにはどことなく気品が漂っている。
「今は医大に通われているんですよね。お勉強で毎日大変でしょう」
「え……」
大変でしょう、なんて、そんなことを誰かに言われるのは初めてだったので、俺は少し驚いた。
成績で一位を取るのも、医大に進学するのも、医者を目指すのも、呼吸をすることのように当たり前だったから。
代々医師家系である相良家には、ひとつのレールしか敷かれていない。生まれた瞬間に、将来の職業も、結婚相手も決まっていたのだ。
それを嫌だと思ったことはないし、疑問を抱くこともなかった。
――いずれお前が相良家のトップになるのだ。
幼少期から父に言い聞かされていた言葉は、どんどん自分をサイボーグのようにしていたのかもしれない。
「たまにはのんびり気を抜くことも大事ですよ」
「はは、そうですね」
久々に人間らしい会話を振られて、俺は少しだけ頬が緩んだ。
梅さんとこうしてちゃんと会話をしたことは初めてに近かったけれど、こんな祖母が欲しかったと、そんなことを思ってしまった。
「丁度今日は世莉もいてね……。高校がつまらないみたいで、早退してきちゃったのよ」
「え、そうなんですか?」
「今は買い物に行っているから、焦らなくても大丈夫よ。まだ顔を合わせないように言われているんだものね」
急に婚約者の名前が出てきて、心臓がわずかにドキッとした。
雪島家に長女が生まれたという知らせが届いたとき、相良家は奇妙なほど盛り上がっていた。
まだ七つだった俺に向かって、父親が『お前の新しい婚約者が決まったぞ』と興奮気味に言ってきたのを今でも覚えている。
親族も、ようやく先祖様の約束が果たされるとか、今まで支援してきた時間のお金が報われるとか、優秀な子供が生まれるとか、そんなことを好き勝手に言っていた。