天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 デザインや技術上の問題なら、何でも受け止めて次に活かそうと思っていた。
 だけど、こんな理由は予想していなかった。
 私が私として生まれた時点で、この差別からは逃れられないというのか。
 そんなの、いったいどうしたらいいの。
 今回の着物にかけた情熱が、全て全否定された気持ちになり、気づいたら涙が出ていた。
『いやー、ほんとに、こんなことがあってはならないんですけどね……。うん……』
「いえ、長野さんは何も悪くないですから……」
 察してほしい空気を感じ取り、私は震えた唇を噛み締め何とか声を絞り出す。
『本当に申し訳ございません。また別の仕事で穴埋めさせて頂きたいです。優弦にもよろしく言っておいて……!』
 それだけ残して、長野さんは電話を切った。
 私はスマホの画面を見つめながら、静かに涙を流し続けている。
 皮肉なことに、今日私が身にまとっていたのは、祖母が縫ってくれた観世水の柄の着物だった。
――新しい未来を受け入れることは、楽しいですよ。
 おばあちゃま。私、必死に雪島家の伝統を守ろうとここまで新しい道を歩んできたけれど、どうにもならないことはあるみたいだよ。
 私がどんなに着物に思いを込めても、私がオメガであることが問題なら、もうどうしようもないじゃない。
 悔しくて、悔しくて悔しくて、涙が止まらない。
 今日は打ち合わせが入っていなくてよかった。このまま泣き続けても問題はないのだから。
「まあ、どうしました! 世莉お嬢様……!」
 静かにぼろぼろと涙を落としていると、部屋に入ってきたばあやが血相を変えて私に近づいてきた。
 ばあやも、今回のドラマの仕事を心から喜んでくれていたのに……。
「ごめんね、ばあや……」
「さあ、あったかいものでも淹れてきますから。ここに座って……」
 ばあやに誘導されるがままに、私は座布団の上に座り込んだ。
 そしてそのまま、私は記憶が無くなるほど泣いた。

 ばあやが私を心配しながら、泣く泣く自宅に戻っていったところまでは覚えている。
 いつのまにか眠ってしまっていた私は、月の光で目が覚めた。
 長い髪が、机の上に散らばっている。顔は涙の跡でパリパリになっていて、表情を動かすと引きつった。
 大丈夫。こんなことは大したことではない。今までだって何度もあった差別だ。
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