天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 真剣な瞳で、はっきりと言い切る優弦さんから、一切目が離せない。
「今、誰もが遺伝子に振り回されないための薬の開発を、共同研究で進めてもらっている」
「遺伝子に、振り回されない……?」
「感情に関わらず、誰彼問わずに発情したり発情されたりしてしまうなんて、屈辱でしかないだろう」
 優弦さんは切なげに眉を下げる。
 まさかそんな開発に優弦さんが関わっているだなんて全く知らなかった。
 押し倒されたまま、私はじっと優弦さんの真っ直ぐな瞳を見つめる。
 真剣な彼の瞳には、私の戸惑った顔が映し出されていて、そこでハッとした。
 私は、この人のことを何も知らない――。
 私を嫁に迎え入れると決まった時、彼はどんな風に思ったのか。
 アルファ型として優遇される人生に何を思っていたのか。
 祖母の命を見過ごしたあの瞬間、彼はどういう気持ちだったのか。
 聞いてないから、知ろうとしていないから、私はこの人のことがずっとあやふやなままなのだ。
「世莉が安心して着物と向き合える世界を、俺に作らせて」
 何の混じり気もない真剣な声で、優弦さんははっきりとそう宣言した。
 本能も遺伝子も関係ないところで、私の心臓が動くのを、はっきりと感じていた。

side優弦

 あれは忘れもしない、八年前の冬のこと。
 まだ研修医だった俺は、手術には助手として加わり、カルテ記載やサマリー作成に追われる日々を追っていた。
 院長である父親も同じ病院で働いているけれど、院内では私的な会話は一切しないどころか、目も合わせない。
 職場での父親の印象は家とさほど変わりなく、冷静で効率の悪いことが大嫌いという感じで、患者からもスタッフからも評判はよくないことも知っていた。
 電子カルテを入力するためにパソコンを立ち上げると、机の横に【オメガ型とアルファ型の因果関係について】という題名の書籍が置かれていることに今さら気づいた。
 父親が最近熱心に執筆していた本が、ついに形になったのだ。父親の指示で、スタッフの誰かがひとりひとりに配ったのだろう。
 最近ではテレビにも出演して、アルファ型の特徴を語っていたりもする。
 俺はそんな父親の活動を、心底嫌悪している。
 パラパラとページをめくると、そこにはどうしてオメガ型とアルファ型が惹かれあうのかとか、〝運命の番〟がいかに特別なのかということまで深堀りされていた。
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