天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「色んな夫婦がいていいんです。どうか焦らず。では私はそろそろ仕事に……」
 いったい、どこまで俺の気持ちを察しているのか分からないが、敏子さんはさりげなくそんな一言を添えて、家の中へと入っていった。
 ゆっくり時間をかけたら……いつか本当の夫婦になれたりするのだろうか。
 まさに夢のような考えに、俺はひとり切ない微笑を浮かべるしかなかった。

side世莉

 八年前のあの日のことを、今でも鮮明に思い返す。
 苦しむおばあちゃまの表情、私達の横を通り過ぎていった旦那様の必死な顔、その様子を黙認することしかできない看護師たちの気まずい様子。
 今まではっきりと映像が浮かんでいたのに、なぜか最近、優弦さんの顔にだけもやがかかって思い出せなくなった。
 あのとき、彼はどんな顔をしていた……?
 ズキンと頭に痛みが走って、私は片手でこめかみ部分を押さえた。
 今日はひどい雨で、電車の窓にいくつもの水滴の道ができている。
 私は車内の入り口付近で棒立ちしながら、気を紛らわすために灰色の空を眺めた。
 今日はおばあちゃまの命日だというのに、この天気はとても残念だ……。
 おばあちゃまが大好きだったお花をたくさん買い込んで、家族が眠っているお墓を目指した。
 外に出た頃には少し雨が弱まっていたけれど、傘がないと歩けないくらいには降っている。
 閑静な住宅街を抜けた、比較的緑の多い場所に霊園はある。
 駅から十分ほど歩いてたどり着いた私は、水桶と柄杓を持って雪島家の墓へと向かった。
 すると、私より先に綺麗なお花が供えてあることに気づく。
「まただ……」
 毎年、朝一番に供えられているお花がある。
 生前家族の誰かとよっぽど縁の深かった人なのか……。誰なのかは私には分からない。
 傘を差しながらお墓の前に座り込むと、お花を供えて雪島家のお墓をただじっと見つめる。
 父も母も大好きな祖母も……もうみんな、この世にいない。
 家族は今の私を見て、どんな風に思っているだろうか。
 はやく相良家を陥落させることを願っているだろうか。
 そこまで考えて、私の口からふっと悲しい笑いが零れ落ちた。
 そんなはずがない。私の家族はきっと、そんなこと一ミリも望んでいない。
 私が勝手にひとりで、躍起になっているだけ。そんなことはとうに分かっていた。
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