天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 墓前の前で俯き、私はこの前の夜のことを思い出す。
――世莉が安心して着物と向き合える世界を、俺に作らせて。
 あの言葉に、嘘があるとは思えなかった。
 優弦さんは、真剣に私のことを思ってくれているのだと、あの瞬間に分かってしまった。
 理由は理解できずとも、彼が敵ではないことは明らかで、それは認めざるをえない。
 憎むべき対象にあんな言葉をかけられ、私はもう、どうしたらいいのか分からなくなっている。
「私は、どうしたら……」
 ザーザーという雨音を聞きながら、私は傘の持ち手を脇に挟んで、顔を両手で覆う。
 揺らぐことのないはずだった怒りが、激しく不安定になっている。
 私は、優弦さんのことを、ちゃんと知りたいと思ってしまっている。
 そして、そんな風に思っている自分のことが……許せない。
「世莉さん……?」
 後ろからふと私の名を呼ぶ声がして、私はゆっくり向き直った。
 するとそこには、まったく予想外の人物が立っていた。
「お義母様……」
 上品な黒いワンピースにグレーのコート姿の優弦さんのお母様が、男性のお付きの人と一緒に現れた。
 病弱でなかなか部屋から出てこれないということもあり、一度ご挨拶したきりだった彼女が、なぜこんな場所に……。
 お義母様は黒い髪をひとつに縛ってマスクをしており、地味な恰好をしているけれど、さすが優弦さんのお義母様なだけあって顔立ちが整っている。落ち着いた服装でも、気品が溢れ出ていた。
 彼女は私のそばに静かに歩み寄ると、「梅さんに、お線香をあげさせて頂いてもいいかしら」と透き通った声で話しかけてきた。
「は、はい。もちろんです」
 わざわざ命日にお墓参りに来てくれてだなんて……。
 正直、お義母様の印象はとても薄くて、悪い印象も良い印象もどちらもない。
 優弦さんのお父様が、雪島家に女性が生まれなかったため、オメガ型の御令嬢に絞ってお見合いをし、その後結婚したと聞いている。
 つまり、彼女も私と同じオメガ型の女性ということ。かなり希少な型らしく、実際にリアルで会ったのはお義母様が初めてだ。
 お義母様が横に座り、静かに手を合わせている。ふわりと上品な香水の香りが雨に交じって漂ってきた。
「ずっと、お話したいと思っていたのに、なかなか挨拶できずにごめんなさいね」
「とんでもないです。ご体調は今日は大丈夫なんですか」
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