天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「身寄りのない人間にとって一番大切なのは居場所だと、奥様が言ってくださったことが、とても心に響いて……」
 私と優弦さんの会話を思い出す。
 たしかにそんなことを言ったけれど、彼女たちはそれを聞いていたのだろうか。
 疑問に思っている私に気づいた女中が「謝罪をしようと思い、奥様の後をじつは私達は追いかけていました」と説明を付け足した。
 百合絵さんは深く頭を下げたまま動かない。
「おっしゃる通り、私達には帰る場所がありませんでした。奥様に到底許されない態度を取ったにも関わらず、私達を必要だと言ってくださったこと、忘れません……」
「百合絵さん……」
「もう一度信用してもらえるとは思っていません。ただ、奥様のお世話をすることが許される日が来るまで、誠心誠意努めさせて頂きます」
 震えた声で宣言する百合絵さんの姿に、胸が痛くなった。
 彼女たちにされたことを忘れたわけではないけれど、彼女たちも環境を変えたくない気持ちが大きかったのだろう。
 大事な職場と居場所。そこに突然現れた余所者の私は、邪魔に見えても仕方がない。
 とはいえ、これからも身の回りのことはばあやに頼むつもりでいるし、彼女たちを心から信頼できるわけでもない。
 でも……、彼女たちが心から反省しているかどうかは、日々の仕事ぶりからとっくに感じられていた。
 私はそっと百合絵さんに近づき、「顔を上げてください」と言った。
「十二月に、雪島家主催の大きな懇親会があると言っていましたね」
「は、はい……!」
 ばあやから事前に知らされていたこと。
 その日はばあやがどうしても私用で来られないらしく、着つけも何もかも自分で済ませようと思っていたけれど……。
「もし手が空いていたら、支度を手伝っていただけますか。目を通しておくべき資料ももしあったら教えてください」
「もちろんです」
 百合絵さんは即答すると、少しほっとしたような表情を見せた。
 私も勝手が分からず戸惑っていたので、正直とても助かる。
 いつか彼女たちとも、もっと歩み寄れる日が来たらいい。
 そんなことを思いながら、私は準備されたお茶に視線を向ける。
「お茶を一緒に持って行ってもらえますか」
「はい、承知いたしました」
 私はお茶を持った百合絵さんと一緒に、台所を後にした。
 長い廊下を歩き客室に戻ろうとすると、盛り上がっている話し声が聞こえてくる。
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