天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 むしろ旦那様のことを慕っていた百合絵さんのことが心配になり、私は思わず眉を下げた。そんな私を見て、なぜか、百合絵さんは「奥様……」と呟いて、今にも泣きそうな顔を見せた。
 可哀想に。ずっと慕っていた旦那様の汚い一面を知ってしまって……。
 まあ、こんなことは序の口で、これよりずっと残酷な一面があるのだけれど……。
「失礼」
 どうしたものかと途方に暮れていると、突然低い声が隣から聞こえてきた。
 え、と驚きの声をあげたときには、既にその声の主は目の前の障子を開け放っていた。
「一緒に入るよ」
「ゆ、優弦さ……」
 私だけに届くように、耳に口を近づけ低い声で囁くと、背の高いスーツ姿のその人――優弦さんは、私の肩を強く抱いた。
 何……。何が起こっているの……?
 状況が全く何も分からず、頭の中が真っ白になる。
 お茶を持っていた百合絵さんも、部屋の中にいた木島財閥の二人も、突然現れた私たちを見て一様に目を丸くして驚いている。
 お嬢様に至っては、顔面蒼白になっていた。
「遅れて申し訳ございません。ただいま着きました」
「優弦……。遅かったな」
「妻は同席させなくていい話だったはずでは? お茶を持って待機していたようですが」
 優弦さんは開口一番そう言い放つと、渋い顔を見せている旦那様に怯むことなく、冷たい視線を向けている。
 私の肩を抱く手の力を一切緩めることなく凄む彼。その姿を見て恐ろしく思った。
 木島財閥のお嬢様も、優弦を見てかなり顔を青ざめさせている。
「丁度タイミングが合ったんだ。どうせならと思って誘ったまでだ」
「大切な妻を勝手に振り回されては困ります。彼女を部屋まで送ってきますから、ひとまずここで失礼します。木島さん、お騒がせしてしまい失礼しました」
 優弦さんは木島さんに軽く頭を下げると、「行こう」と優しい声で言って、部屋に背を向けた。
 去り際に視界に入った木島お嬢様は、大変ショックを受けていた様子で、口を両手で覆って固まっていた。
「百合絵さん。お茶出しを任せていいかな。すぐ戻る」
「もちろんでございます」
 そんな会話を済ませて、優弦さんは戸惑っている私を強引に部屋から連れ出す。
 部屋の中にいる三人のことを見れるはずもなく、私はされるがままに廊下を歩く。
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