天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 優弦さんの足取りは速く、いつもはポーカーフェイスな彼だけど、かなり怒っている気配を感じた。
「あ、あの、優弦さん……」
 ご丁寧に自分の部屋まで送られてしまった私は、戸惑いの声をあげる。
 元々昼から接待に付き合う予定だったのだろう。私服ではなくスーツ姿の優弦さんを見て、新鮮に感じる。
 部屋の中で困惑しながら彼を見上げていると、突然ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「すまない。嫌な思いをさせたね」
「え……」
「俺も、大人気ない対応を見せてしまった」
 ぽんぽんと、子供をあやすように私の背中を撫でる優弦さん。
 発情してしまうのではと不安になったけれど、今はトクントクンと優しい心音が、自分の中から聞こえてくる。
 私は、ただの偶然が重なって、木島財閥との接待にただ巻き込まれただけだ。悪口も立ち聞きしてしまっただけなのに……。まさか優弦さんがあそこまで怒ってくれるとは思わなかった。
「君の仕事を貶すような言葉が聞こえて、黙っていられなかったんだ」
 その言葉に、再び心臓がうるさくなる。
 旦那様に何も期待していない私としては最早怒りの感情すら湧いていなかったけれど、そんなふうに言ってもらえて救われた気がした。
 私のことで、こんなにも真剣に怒ってくれる人がいる……。しばらく味わってこなかった感覚に、胸がじんとしてしまった。
 トクン、トクン、トクンと、いつもと違う鼓動に心が温かくなっていく。
 そして、気づいたら、私もそっと彼の背中に手を回していた。
「世莉……?」
 初めて自分から、彼に優しく触れた。
 優弦さんは驚いたように私の名前を呼んで、固まっている。そんな彼の背中に回した腕の力を、私はさらに強める。
「ありがとうございます……代わりに怒ってくださって」
 素直な言葉が、するりと出てきた。
 優弦さんを知りたいと思うようになってから、少しずつ自分の中の毒が抜けているようだ。
 まだ、正直複雑な気持ちではあるけれど……今は、彼にありがとうと伝えたかった。
「世莉……」
 優弦さんの手が、するりと頬に伸びてきて、自然と顔を上向かされていた。
 彼はとんでもなく美しい顔で、切なげに私のことを見つめている。
 今、彼が感じていることを、全部知りたい――。
 でも、そんなことを伝えるには、もう少しだけ自分の気持ちの整理が必要だ。
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