天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「ここに来たからには、全て相良家のルールに従いなさい」
「分かりました」
「この屋敷では五人の女中が働いている。最初の一カ月間、君には女中と一緒に働いてもらう」
 女中……。この時代にそんな言葉を聞くとは思わなかったけれど、昔からのなごりなのだろう。いかにも血筋に誇りを持っている相良家らしい。
「分かりました」
「……いやに物分かりがいいな」
 旦那様が驚くようにつぶやいたけれど、私は表情ひとつ変えない。
 奴隷のように扱われることなど、予想の範囲内だった。
 まるでひとつの国のような相良家の制度は、祖母からもよく聞かされていた。
 祖母は和裁士として一人前になる以前に、相良家の女中として働かされており、すべての行動が管理されていたと言う。
 まさに、この時代にはそぐわない家父長制そのものだったと。
「百合絵、中に入りなさい」
「失礼いたします」
 襖が開いて、二十代前半くらいの女性が入ってきた。
 若草色の着物を身にまとってたすき掛けをし、長い黒髪はひとつに縛ってまとめている。
 お辞儀を終え顔をあげた彼女は、化粧っけがないせいかとてもあどけなく見えた。頬にあるそばかすが、より少女らしさを際立たせている。
「女中としての仕事は、全て彼女に聞きなさい」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
 ぺこっと頭を下げるも、百合絵さんは旦那様と優弦さんのことしか視界に入れていない。
 優弦さんは私の横で、冷たい表情のままだ。
「まずは相良家の歴史を知るところから始めてもらいたい。うちは、由緒ある家系なんでね」
 何が由緒ある家系だ。
 ただの差別主義者の集まりの癖に。
 そう思ったけれど、そんな言葉は今は死んでも口には出さない。
「ご先祖様が残された書物は、あらかた読ませて頂きました」
「……ほう、随分と覚悟を決めてきたようだね」
「優弦さんの妻としてふさわしい人間になれるよう、努めさせて頂きます」
 心にもない言葉を、精一杯凛とした表情を意識して言い切ると、わずかに百合絵さんの眉がぴくっと動いた。
 一方で、旦那様は分かりやすく少しだけ機嫌がよくなり、満足げに「そうか。それはいいことだ」と言ってのけた。
 私の低姿勢に気をよくしたのか、旦那様は顎を親指と人差し指で撫でて、少しだけ表情を和らげて私を見つめた。
< 8 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop