天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「大丈夫。世莉の同意なしには、絶対にそんなことはしない。もし番関係を結んだとしても、世莉に手を出したりはしない。さっきみたいな奴に予防線を張りたいという、ただの俺の我儘だ」
「え……」
「怖かっただろう。今、水を持ってくるから」
 ベッドから立ち上がり、水を取りに行こうとした優弦さんの服を、気づいたら掴んでいた。
 優弦さんは少し驚いたように目を見開いている。
 私は、優弦さんの服を掴みながら、ずっと訊きたかったことを今口にしようと決めた。
「私は……相良家を心底憎んでいました」
 私の言葉に、優弦さんはピタッと動作を止める。
 そして、悲しそうに目を伏せて、再びベッドの上に座った。
「祖母が相良病院に運ばれたとき……、優弦さんはあの場にいましたね」
「……ああ」
 私の言葉に、優弦さんは嘘偽りのない瞳のまま頷く。
 過去のことを思いだすのは、とても勇気がいる。
 声も手も震えてきて、たどたどしい話し方になってしまう。
 だけど、私は確かめたいのだ。
 この人を――優弦さんを、信じていいのか。
 ……愛していいのかを。
「優弦さんは、あの日のことを、後悔していますか……?」
 泣かないように精一杯堪えながら、切実な声でそう問いかけた。
 優弦さんは私の言葉に瞳を震わせ、長い長い沈黙が続いた。
 ドクンドクンと心臓が不安で激しく鼓動しているというのに、私は絶対に優弦さんから目を離さなかった。
 彼の口から、真実を聞きたかったから。
「あの日のことを忘れたことは一度もない」
 かすれた声が部屋に響いて、胸が軋んだ。
「自分の非力さを……あれほど憎んだ日はないよ」
「優弦さん……」
「世莉が部屋に忍び込んできたあの夜。世莉に殺されても仕方がないと思った。全て覚悟してこの結婚を受け入れた」
「え……?」
「けれど、そんなことを梅さんは望んでいないと思った……」
 おばあちゃまの着物を捨てられたあの夜。
 私は、優弦さんの首を絞めようとしていた。
 殺されても仕方がないなんて、そんな覚悟のうえでこの結婚を受け入れたなんて……。
 優弦さんは真剣な顔で私を見つめたまま、淡々と言葉を続ける。
「でも、それは俺の勝手な判断だ。世莉が俺を殺したいと言うなら、受け入れる」
「な……」
「相良家を破滅させたいと言うのなら、それも全部受け入れる」
「何を……言ってるんですか……」
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