天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 ハッとした私は慌ててばあやに視線を戻し謝ったけれど、ばあやは少し間をおいてから「優弦さんと何かありましたか?」と訊いてきた。
「え……」
「優弦さんの帰りを気にしているようでしたので」
「そ、そんなに分かりやすかったかしら……」
 ばあやの勘は鋭い。さすが長年雪島家を支えてくれただけある。
 恥ずかしくなって口ごもったけれど、ばあやはにこやかな笑みを浮かべている。
「仲良くしていらっしゃるのなら、よかったです」
「ばあや……私……」
「優弦さんは、いい人だと思いますよ。私も」
 ばあやは、祖母が病院に運ばれたときのことを知らない。
 だから、私がどんな思いで相良家に嫁いできたかも分かっていないはずだけれど、きっと私たちのことで心配させていただろう。
 私と優弦さんはただ遺伝子で結ばれただけの夫婦だった。
 そんな夫が今、こんなにも心の支えになっているだなんて……。
「この結婚で幸せになれるとは思っていなかったの。だから、受け入れるまですごく時間がかかって……」
 憎しみの気持ちだけ持ってこの家に嫁いできたとはさすがに言えない。
 だけど、ばあやの前で嘘はつきたくなくて、今までの複雑な感情の変化をちゃんと伝えておきたいと思った。
「正直、今も相良家に嫁げてよかったとは思えない。この家の方針に賛同できない部分があるの」
「えぇ……」
 ばあやは穏やかな表情で、私の話に耳を傾けてくれている。
 私は深呼吸をして気持ちを整えると、真っ直ぐばあやのことを見つめた。
「でもね……、優弦さんの妻には、なれてよかったとは思う」
「世莉お嬢様……」
「最近までずっと彼のことを誤解していたけどね」
 苦笑交じりに返すと、ばあやは物凄く安堵したように笑みをこぼした。
「世莉お嬢様が幸せなら、それでいいんです」
「ばあや……」
「人生を共にしたいと思う人を、どうか大切に」
 そっと手を包みこまれて、ばあやの優しい気持ちが直接伝わってきた。
 人生を共にしたいと思う人と聞くと、優弦さんの存在がとてもしっくりくる。
 随分と遠回りをしてしまったけれど、あのとき勇気を出して気持ちを伝えてよかったと心から思う。
「ばあや、ありがとうね」
「いえいえ。こちらこそ嬉しい話をありがとうございます」
「私、優弦さんのこと、とても好きよ」
 心からの言葉を伝えると、ばあやもとても嬉しそうに目を細めた。
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