天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「ですって、優弦様」
「……え?」
 しかし、いきなりばあやの視線が障子の方に移動した。
 驚き私も首を横に向けると、そこには紺色のニット姿の優弦さんがいた。
 いつのまに帰っていたの……?
 もしかしてばあや、途中から気づいていた……?
「すまない。声をかけるタイミングをずっとうかがっていたんだが……」
 少し気まずそうにしている優弦さんの反応を見て、恥ずかしい会話を聞かれてしまったことがすぐに分かった。
 すぐに羞恥心でいっぱいになり、恐らく確信犯であるばあやを恨めしく思った。 
「お、お帰りなさいませ……」
 赤面しながら俯いてつぶやくも、ばあやはそんな私達を見て楽しそうにしている。
「新婚というのは初々しくていいですね」
「ばあや……っ」
 恥ずかしすぎて、冷やかしを制すようにばあやの名前を呼ぶも、全く効果はなかった。
 ばあやはすっと立ち上がると、「あとは若い者二人でどうぞ。お食事はあとで下げに来ますから」と言って部屋を出ていこうとした。
「えっ、待ってばあや……!」
「優弦様の帰りをずっと待っていたじゃないですか。邪魔はできませんよ」
 この状況でいきなり二人きりにされるなんて、どうしたらいいのか分からない。
 思わずばあやを止めようとしたけれど、ばあやはササッと部屋を出て行ってしまった。
 残された優弦さんと、見つめ合ったまま沈黙が生まれる。
「あ、あの……会話はどこから……」
「この結婚で幸せになれるとは思っていなかった、あたりだな」
 そこから聞かれてしまったのか……。この家に嫁いでよかったとは思えないなんて言ってしまったし、随分心証も悪いことだろう。
 しかもそれに止まらず、後半ではあんなにこっぱずかしい台詞を吐いてしまった。
 すっかり舞い上がっていると呆れられてしまっただろうか。
 恥ずかしい……。全ての発言を撤回したい。
 何と言葉を返したらよいのか分からないまま俯いていると、視界が陰った。
 優弦さんの陰が自分の膝に伸びてきたのを見てふと顔を上げる。
「世莉」
 透き通るような声で名前を呼ばれ、気づいたら唇にキスを落とされていた。
 私は目をつむる隙も無かったので、そのまま唇が離れるまで茫然と優弦さんの美しい顔を見つめてしまった。
「え……?」
「あんなに可愛いことを言われたら、我慢できなかった」
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