全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「こんばんは。来たよ~」


 実家の玄関扉を開けて声をかけると、出向かえてくれたのは父だった。


「こんばんはじゃなくて、ただいまだろ? ここは郁海の家なんだから。おかえり」

「ただいま」

 
 ニコニコとしたこの笑顔がいつも私を癒してくれる。
 父のまとう空気で心がほぐれていく感覚になるのだ。


「お父さんの好きな鯖寿司、今日は買えなかったんだ。ごめんね」

「子どもがそんなこと気にするな。要らん。手ぶらで来いといつも言ってるだろ」

 
 苦笑いの笑みをたたえる私の背を、父がポンポンと叩いてリビングへ(いざな)う。


「郁海、ご飯出来てるわよ。食べるでしょ?」


 キッチンのほうから母の声がした。
「うん」と返事をしながらダイニングテーブルのほうへ近づくと、食欲をそそるいい匂いが漂っている。


「お母さん、なにを作ってくれたの?」

「仔羊のポワレ」

「え?!」


 驚いて目を見張れば、母がしてやったりとばかりにニヤニヤと笑った。

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