全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「俺の話はもういいよ。次は郁海の番ね」

「私は……あのあと卒業して、今の会社に就職したってだけ。入社してもう十五年。楽しく仕事してる」


 他人に自慢できるような事柄はなにもない。
 強いて言えば、真面目に働き続けてきたことくらいで、大きな変化ひとつない人生だ。だけど私は憂いてはいない。


幸代(さちよ)おばさん、元気にしてる?」

「うん、元気だよ。佳奈江(かなえ)おばさんもお変わりなく?」

「ああ」


 “幸代”は私の母、“佳奈江”は魁のお母さんの名前だ。
 ふたりは高校の同級生で友人なのだが、私の母は結婚が早かったのに対し、魁のお母さんは逆に遅かったので、子どもの私たちに十歳の年齢差が生じている。


「魁のお母さん、私が行くと手作りのマドレーヌをよく作ってくれてたよね。あれ、おいしかったなぁ」


 佳奈江さんは物静かで上品な人だったと記憶している。小うるさい私の母とは正反対だ。
 魁の部屋で勉強を教えていると、『休憩に食べてね』とジュースと共にマドレーヌを持ってきてくれていたのを思い出した。
 その味が本当においしくて、今でも味を覚えている。

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