全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「俺が郁海の家に行ったときは、幸代おばさんがクッキーを焼いてくれたよな」


 魁に勉強を教えたのは大学卒業までの半年ほどだが、そのあいだに一度だけ、佳奈江さんと魁がうちに遊びに来たことがあった。
 
 私が母にマドレーヌの話を聞かせたから、母は対抗心を燃やして自分もクッキーを焼いただけだ。
 普段母が手作りのお菓子を滅多に作らないのは、娘の私が一番よく知っている。


「実家はいつ出た?」

「二十五歳のときに」

「へぇ。独り立ちしたくて……とか?」


 このとき、ついうっかり笑顔を消してしまった。
 もちろん無意識だったけれど、私の表情が小さく変化したのを、魁は見逃さなかった。


「私に妹がいるのは知ってるよね?」

「うん。会ったことはないけどな」

「……妹が結婚して家を出たから、そのときに私も」


 あわてて作り笑いの笑みをたたえたが、時すでに遅し、だった。
 魁が怪訝そうに眉根を寄せ、私の顔を下から覗き込む。

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