失恋王女と護衛騎士
「ほ、本気なの……?」

 シャルロッテは、震える声で問いかけた。この期に及んで疑うわけではないが、あまりにもシャルロッテの都合の良いように話が進んでいる。
 むしろ、自分の妄想なのではないだろうか。思わず自分の頬をつねろうとしたところで、ランベルトに止められた。

「夢でも妄想でもないですよ」
「……そうみたいね」

 じわじわと、シャルロッテの胸の内には喜びが沸いてくる。もうあきらめるしかないと思っていた恋――それが突然手の中に転がり込んできたのだ。

「にいさまに感謝すべきなのかしら」

 くすくすと笑いながら、シャルロッテはランベルトが額に当てていた手を返し、彼の手を握った。軽く引っ張ると、心得たようにランベルトが立ち上がる。その正面に立って、シャルロッテは目の高さにそれを掲げた。

「謹んでお受けいたします」

 いつか、そんな日が来たら良い。そんな日を夢見て、調べておいてよかった。ほっと息をついたシャルロッテを、ランベルトがぎゅっと抱きしめる。
 逆らわず、その胸元にそっと頬を寄せると、彼の心臓が早鐘のような音を立てていることに気が付いた。それがなんだかおかしくて、また笑いだしてしまう。
 それに気づいて、ランベルトは唇を尖らせた。

「笑わないでくださいよ……これでもわりと、いっぱいいっぱいだったんですよ」
「まあ……随分余裕そうに見えたのに」

 くすくすとくっつき合って笑いあう。目が合って、あ、と思ったときには、ランベルトの顔が、また間近に迫っていた。
 ゆっくりと近づいてくる蒼い瞳を見つめて、そっと目を閉じる。
 掠めるようににして触れた唇が、一旦離れる。むう、と膨れてやると、忍び笑いと共に再び唇が戻ってきて、今度はしっかりと合わされた。二度、三度と繰り返されるうちに、それはどんどん長くなっていった。何度目かで耐えきれなくなって、シャルロッテは目を開けて――そして、その選択を後悔した。
 すぐ目の前にあるランベルトの瞳は細められ、蕩けるような笑顔でシャルロッテを覗き込んでいる。それなのに、少し伏せ気味の瞳には、獲物を見つけた獣のような光が見え隠れして、まるで彼がシャルロッテを食べてしまおうとしている――そんな感覚に陥ってしまう。ぞくり、と背筋にしびれが走った。喉の奥に、貼りついた様に言葉が出ない。

「ラン――」

 コンコン、というノックの音に、やっとの思いで口にしようとしたシャルロッテの言葉は宙に消えた。お互い顔を見合わせて、それからはっとしたように身体を離す。
 深い赤の分厚い絨毯のおかげで、どたばたとした足音は外には漏れなかったようだ。

「んんっ――誰も来ないって言ったじゃない」
「そうでしたか?」

 とぼけて見せるランベルトを横目で睨み、そのわき腹に軽く拳をいれながら、シャルロッテは扉の向こうへ「はい」と返事を返した。

「スヴェンです。――殿下、入室の許可を」
「スヴェン? まあ……忘れていたわ、どうぞ」

 扉が開かれ、顔を出したスヴェンの後ろには、ハウスクネヒト家の侍女であろう、二人の若い女性の姿が見える。その二人が、少々うっとりとした顔でスヴェンを見つめていることに気が付いて、シャルロッテとランベルトは苦笑した。

「忘れていたとはひどいなあ……あー、はいはい、わかったわかった」

 王女と護衛騎士を交互に見て、スヴェンはうんうんと頷いた。そうして、口の端だけを器用に上げて、にやりと笑う。

「とりあえず、その話はまた後日。今日はもう就寝のお時間ですよ。こちらの二人が、今日はシャルロッテ殿下のお世話を言いつかったそうです。――二人とも、よろしく頼む」
「は、はい」

 ぼうっとスヴェンを見つめていた二人だが、当の彼からそう言われて本来の役目を思い出したのだろう。一歩前に出て、深々と頭を下げる。

「就寝のお支度のお手伝いに参りました」
「ありがとう、よろしくね」

 王女の顔をしたシャルロッテが、二人と共に扉の向こうへと消える。この後、就寝の準備を終えたシャルロッテの姿を確認したら、護衛騎士も部屋を下がるのが、外泊時の手順だ。

「……そう不満そうな顔をするなよ。それと、ここ、紅が付いてるぜ」
「……っ! そ、そんな顔はしていない」

 ちょいちょい、と唇の端を指し示してやると、ランベルトが真っ赤になってそこをごしごしと擦る。それを見て、スヴェンはからからと笑った。

「嘘だよ。……最終確認はお前に任せる。馬に蹴られるナントカにはなりたくないからな」

 ポンと肩を叩いて、スヴェンはあっさりと手を振った。

「俺の部屋は隣だからな――妙な真似はしないように」
「……するか、阿呆」

 脳天に落とされた手刀を軽く躱して、スヴェンはひらひらと手を振りながらその場を後にした。




 社交シーズンの終わりを告げる、王宮での大夜会。その日を迎え、王宮内は緊張感が漂っている。
 シャルロッテも、朝から準備に追われ、忙しい一日を過ごしていた。また、護衛騎士であるランベルトとスヴェンは、王女護衛の筆頭責任者である。当然のように、こちらも忙しく、あわただしい一日を送っていた。
 お蔭で、今日二人が初めて顔を合わせたのは、会場となる大広間の王族控えの間でのことである。

「……緊張しているの?」
「まあ、それなりに」

 控えの間はそれほど広くはない。その中を、せわしなく歩き回る黒髪の騎士に、王女は呆れ顔で問いかけた。

「いつも出ているではないの」
「いつもとは違います……シャルロッテ様こそ、どうしてそんなに落ち着いているんです?」
「いやね……私だって緊張はしているわよ。けど、あなたが一緒だもの」

 にっこりと微笑みかけられて、ランベルトは黙り込んだ。眉間にしわを寄せて、むっつりと考え込む彼を見て、シャルロッテは首を傾げた。

「どうしたの?」
「いえ……シャルロッテ様があまりにかわいいことを仰るので」

 渋い顔つきでそう告げられて、シャルロッテはますます意味が解らない。え、と困惑の声を上げた王女に、護衛騎士は苦笑を浮かべると、その手を取った。

「このまま、こうして二人だけで過ごしていたくなります……」

 囁きかけられて、シャルロッテは頬を染めた。そっと手を握り返し、彼の蒼い瞳を覗き込む。

「でも、今日は大切な日なのよ……?」
「ええ、ですから、我慢しているんです」

 ――今宵、大夜会において、二人の婚約が正式に発表される。その噂は、社交界をあっという間に駆け巡り、今日この日を噂好きの貴婦人たちは心待ちにしているという。

「今度ばかりは、噂が本当になるわ」

 シャルロッテがそう微笑むと、ランベルトもまた笑みを浮かべ、王女を抱き寄せた。
 甘い空気が二人の間を漂い、そして――

「……俺もいるの、忘れてません?」

 ごほん、という咳払いの後、茶髪の護衛騎士はとうとう声を上げた。

「……忘れてたわ」
「最近殿下からの扱いがますますひどい」
「いいところで邪魔を」
「ランベルトからの扱いも大体ひどい」

 スヴェンの嘆きに、シャルロッテが軽やかな笑い声をあげる。肩をすくめて、ランベルトとスヴェンは顔を見合わせた。

「さ、そろそろお時間ですよ」

 大広間へと通じる扉が開かれる。ランベルトが差し出す手を取って、シャルロッテが歩き出す。
 二人の今後を祝福するかのように、大広間には煌びやかな光が満ちていた。

END
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