忘れさせ屋のドロップス
コンコンとノックの音がして渚さんが入ってきた。聴診器をぶら下げた、白衣姿の渚さんは初めてだった。
「あ、遥、有桜ちゃん起きたんだね」
「渚さん」
男と知り合いなんだろうか?
渚さんは男の事を気にもとめずにそう言うと、私の目の前のパイプ椅子に腰掛けた。聴診器で私の病院着の上から心音を確認していく。
「……心音も異常なし、熱もないし、点滴終わったら帰れるからね」
「あ、有難う御座います」
ふわりと撫でられた頭に一瞬誰かが重なって、とても安心した。
「遥、アタシ今日夜勤だから、有桜ちゃんと先に帰ってくれる?遥?」
ーーーーえ?
この人と私が帰るの?渚さんの知り合い?なんだろうか。
「……連れて、帰れない」
遥と呼ばれた男が低くつぶやいた声に、渚さんが目を丸くした。
「え?どした?遥?」
「有桜……俺がわからないから」
何言ってるの?私、この男の人知らない。
「わからないって……」
渚さんが、綺麗な瞳を見開いて、私を暫く見つめた。
「そんなこと……」
またすぐ戻るから、そう言って渚さんと遥と呼ばれた男が出て行った。
扉が丁寧にパタンと、閉められる。
男の後ろ姿が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
ーーーー何故だろう。わからないのに、忘れちゃいけない何かを私は忘れてしまった。そんな気がした。