忘れさせ屋のドロップス
簡単な質問なのに、そこだけ、キャンバスを真っ白に塗りつぶされたみたいに何もわからない。思い出せない。
「えっと……誰だろう。……渚、さん?」
一瞬、遥の視線が揺れたのは気のせいだろうか。
「……そ。正解。ただ、姉貴は仕事で遅いからさ、代わりに俺が連れて帰るから」
「え?あの、遥、さん、大丈夫です、一人で帰れるから」
遥が、小さく溜息を吐いた。
「じゃあ言い方変える、心配だから俺が車で送る」
「でも遥さんにご迷惑を」
「迷惑なら此処に来るかよ……あとな、遥に「さん」つけんな。女みたいだろうが」
子供みたいに口を尖らせた遥に、なぜだか可笑しくなった。
大人っぽいのに、子供みたいで。
遥が立ち上がって、私の手を引いた。
「有桜、帰ろう」
私は無意識に頷いていた。
遥に手を握られても全然嫌じゃなくて、何故だか、初めて会ったのに信用しても大丈夫な気がして。
そして、何より、ほっとした。
帰ろうって手を引かれたことが。遥の掌のぬくもりを私は知っていたような、不思議な感覚だった。