忘れさせ屋のドロップス
俺の毛布に包まった有桜を見ながら、俺はベットに腰掛けた。
見慣れた有桜の幼い寝顔は、昨日と何一つ変わらない。変わらないのに、有桜は俺のことだけ
ーーーー『忘れている』
できるだけ普通にしてたつもりだけど、大丈夫だっただろうか。
有桜の病室に行く前に姉貴からメールが入ってた。
無理に以前の記憶を戻そうと、有桜に、俺の話をしたりすると脳に負担がかかるとのことだった。今まで通り、有桜の側に居て、一緒に過ごす中で、有桜が自然に俺の記憶を取り戻すのが理想的らしい。
飛び出している左手の親指の付け根にそっと触れる。
元々有桜は身体が華奢だが、血管も細いのだろう。点滴の跡が痛々しく青くなっている。
「……ごめんな」
もっと有桜に触れたくなる。
俺の目の前には、当たり前みたいに有桜がいて、このままずっと一緒に過ごす日が続けばなんて思ってた。いつの間にか俺の日々の生活に、有桜が居たから。
馬鹿みたいだ。
有桜がずっと俺の側にいる保証なんて何処にもないし、有桜がいつ家に戻ると言い出すかも分からないのに。
ーーーーちゃんと伝えていれば良かった。有桜が俺の中で大切な存在だってことを。
もし、伝えていれば有桜は副作用なんておこさずに、俺のことも忘れたりしなかっただろうか。
「有桜」
有桜は俺を思い出してくれるだろうか。
姉貴には、一度はああ言ったけど、本当は違う。有桜の想いに応えてやれるかわからないのに、俺のことだけ忘れてしまった有桜に、俺のことを早く思い出して欲しいと願う自分が居たから。
「なぁ……この前さ、俺の側に居るって言ったよな」
頬に伸ばした手を俺は一瞬止めた。
閉じられた瞳から、涙が一粒滑り落ちたから。
「どうせなら泣くことも忘れろよ……」
起こさないように親指で掬ってやる。
昨日、お互いの温もりを分け合いながら眠ったのが嘘みたいだ。
俺は、ドロップスを取り出して口に放り込む。今日はこれがなきゃ眠れそうにない。有桜が俺のことを忘れたことを『忘れる』ために。
「泣かなくても側にいるから」
有桜の髪をすくように撫でてから、俺はベッドから下りた。
もう抱き締めることすら叶わない。有桜は俺を『忘れて』しまったから。
それでも俺は、ただ有桜の側に居たかった。