忘れさせ屋のドロップス
車に乗り込むまで、なぜか一言も話さなかった遥がようやく口を開いた。
「おい、有桜、お前な、着せ替え人形じゃねーんだからさ、嫌なら姉貴に断れよなっ」
まだ六月といえど、すでに夏日になることもある。
渚さんの家で着替えていた時に流れてきた朝のニュースで、今日の気温も25度を超えると、お天気お姉さんが言っていた。
遥も黒の短パンに白いTシャツ姿だ。
家出の際、春物しか持ってきてなかった私のために、渚さんが、昔着ていたお下がりの夏物のお洋服を着せてくれたのだ。
『すっごい可愛い!めちゃくちゃ似合ってる。遥の反応が楽しみ』
ふと渚さんがそう言ってたことを思い出して、恥ずかしくなる。
こんな大人っぽい服着たことなかったから。同じくお借りした足元のペタンコのパンプスも履き慣れなくて、見るたび照れてしまう。
「えっと、あの……別に嫌とかじゃなくて、どっちかといえば、……ちょっと恥ずかしい、かな」
遥が信号待ちで、私をチラリと見た。
大きく開いているわけではないのだが、やや広めの襟ぐりに鎖骨が程よく露出する、フレンチスリーブの紺色のワンピースだ。
腰の部分に白のリボンがついていて、背が高めの渚さんは、ミニのワンピースとして着ていたようだけど、そんなに背の高くない私には程よく膝丈になっている。
足元は小さなパールがついた踵の低いパンプスだ。
「あんまり、……似合って、ないよね」
「別に……」
それだけ言うと、視線を戻して、何も言わない遥に何だか申し訳なくなった。
遥みたいに背が高くて、綺麗な顔ならモテると思うし、遥とデートしたい女の子なんていくらでもいそうだったから。
隣が私で申し訳ない気持ちになった。
今度こそ俯いた私に遥が、ぶっきらぼうに呟いた。
「……姉貴より似合ってんじゃん」
思わず遥の横顔を見た私に、見てんじゃねぇよ、と遥が頬を赤くした。
そんな遥よりも、もっと赤くなった私は、遥に顔を見られたくなくて、真横に顔を向けると窓の外を見るフリをした。
「おい、何とか言えよな、俺が恥ずかしいじゃん」
赤信号で遥がサングラスをずらしながら、不満そうにコチラを見ている。
「え?……えっと、あの、その」
「別に俺は嘘ついてねーんだからさ、そーゆー時は、素直にありがとう、だろ?」
私はどきんとした。
遥の言葉と視線が、何故か鼓動を速くする。
「あ、ありがとう」
「よくできました」
遥が意地悪く口角を上げた。