忘れさせ屋のドロップス
「有桜、手だして」
華奢な掌を掴んで引っ張り上げると
有桜を端っこの欠けたテトラポットに座らせた。
「此処が一番夕陽綺麗だから」
この小さなテトラポットに二人で座るのは有桜が嫌がると思ったから、俺は隣のテトラポットに腰を下ろした。
「遥、此処来たことあるの?」
「そうだな、俺にとって此処は特別だから」
那月と初めて出会った場所であり、有桜の前で初めて泣いた場所だ。
まだ1か月程しか経ってないのに、あの時の俺と有桜とは随分違う。
俺が泣いたコトも有桜は忘れてるから。
「……泣いてたの?」
「え?」
思わず大きな声で聞き返した。
「あ……ごめんなさい、何だか、そんな気がしたから、余計なことなのに」
咄嗟に言葉が思い浮かばなかった。
有桜の記憶の片隅に俺がいるのだろうか。有桜が俯いた。
「有桜が泣きそうじゃん」
俯いた有桜の目から涙が溢れる前に、俺はワザとそう言った。
有桜は泣きそうな時、俯くから。
「……大、丈夫。……最近、すぐ涙が出て……困ってるの。特に理由もないのに……何でだろう」
理由が、ないか。
俺のことを忘れても尚、泣いている有桜に俺は何て言えばいいんだろう。
何て言えば、有桜は泣かずに日々を過ごせるんだろうか。
「別に、誰かの前で泣くの我慢する必要ないと俺は思うけどな」
「ありがとう」
寂しげに笑う有桜をオレンジ色の夕陽が照らす。
「……なぁ、姉貴と暮らすのはどう?」
俺は、ずっと、有桜に聞いてみたかった。
直接聞いても良かったけど、本音を言うのが苦手な有桜は、俺に本当の事は言わない気がしてたから。
「うーん、……私、渚さんと暮らし始めてから、本当日常っていいなって思ってて。毎日が新鮮で楽しくて……、何より渚さんと一緒に居るとほっとするの」
はにかむように笑った有桜から、思わず目が離せなかった。
ーーーーほっとする。俺もだ。
有桜と居ると何も話さなくても、ほっとする。
理由なんてない、ただ一緒に居ると心が安らぐんだ。
「そっか」
「遥は?」
そう聞いてから、有桜が、すぐに困ったような顔をした。
「何?」
「……わかんない、わからないけど、遥に聞き返しちゃった、ごめんね」
恥ずかしそうに笑った有桜が、俺の事を思い出そうとしてるみたいで、思わず抱き寄せそうになった。
俺は掌を固く握った。
「あっそ……別にいいけどさ」
嬉しかった。
俺と暮らしてた時、有桜の泣き顔ばっか見てたから。俺と暮らしてて、日常の中でほっとする瞬間があったのなら、それは俺もだったから。