忘れさせ屋のドロップス

有桜の静かな呼吸音が聞こえてから、俺は有桜の方に寝返りを打った。

「……今日は一日嬉しそうだったな」

起こさないように、そっと頬に触れる。有桜の頬に触れたのはいつぶりだろう。泣かずに眠る有桜を見ると、ほっとする。


「俺のこと、思い出そうとしてくれてんの?」

海で夕陽を見ていた時に、俺に泣いてたのか聞いたり、俺にほっとするのか聞き返したり、一瞬、記憶が戻ったんじゃないかと錯覚した。

秋介と俺のやり取りも以前見たことがあるからだろう。不思議そうな顔をしながら、一生懸命考えている有桜を見るとたまらなくなった。


『有桜ちゃんの一番忘れたくない人は遥だったってこと』

姉貴から、病院で言われたことをふと思い出す。


ーーーー俺の一番忘れたくない人は、誰だろうか。
那月だろうか。それとも……有桜だろうか。


考えて気づく。

今までの俺なら迷わず那月だと答える筈なのに。自分が迷っていることに驚く。

それほど、有桜が俺の側に居るのが当たり前で、側で笑っていて欲しいと思っていることに気づかされる。

有桜の頬から手を離すと、俺は溜息を一つ吐き出した。

「……早く思い出せよ」

少し飲み過ぎたかも知れない。すぐに記憶が飛びそうだ。

有桜の寝顔を見ながら、俺もゆっくりと瞳を閉じた。
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